睡眠の夢

2020-10-16:

中心いきる ’といういい方が,ひとつ起こると私自身証明し得るのであれ,私のこうして記すは正しい。
今朝早い時間またビタミンCサプリひと袋を買うという理由づけで私は走ろうとした( 数店舗の一店にだけトップバリュのHPMCではくファンクルのが置かれてあったりで,コスパおためしだった。“ ところであなた,なんであんな所でアルバイトしてたの? ”といういわれみたいに,自作自演ならわざわざ他に支払う必要も無いわけだが.ヒト-猿人類のたぐいはなんの由来でか体内VC生成不可だと.,その遺伝子的には不可能だったのに何年も種として存続できたという環境依存の原因だろうか.. )前回のようには一途できなかった。

帰り着いて独り分のコーヒーを淹れたりしたあと,不意に体-寒気に弱ったような( 最近の私にはめったに体調不良が無かった, )今更風邪なんて!と寝床に毛布被ってみたが,どうして?と直前のあれこれに思いかえしてみてもどれなのかわからない。数日間,便の状態が11才頃までのように硬く大きかったのが,昨晩ちょっと軟便っぽかった。腸内なら2日まえ分かもしれない( そう言えば,昨夜ひとり言に“ウェルシュ菌”と呟いてはいたが.. )もし生肉どれかが原因だとしたら,もっと暗く( おそらく肌色も- )変わっていたのでは? 私は以前のそんな“ 症状 ”時のように‘ すぐに直る ’と信じた。
今朝,立てまつりこそ感じ無かったかのようだが,あたかも“冷えのあと,鼻の通りが良くなった”ときのあれで,軽い頭痛以外,異常は消えた。フロイトの例にもれず,( 単に“ 風邪 ”とみなされているだけの )このような“ 状態 ”に,少年期のサイクしるというの本当かどうか。こう思うと,一般的な性的興奮というものは外郭的なので( エピ-セントルとでも言ったか,ひょっとおかされていなかったとして, )である。

2020-10-17: “ このひと ”時代?
“ 彼女 ”はまったく年さがなかった。私のかつて一例に書いたように,あるアルバイト先-休憩室での不思議な陰険さにやられた際の記憶印象が想いだしたのである。2004年秋,一年ぶりに訪れた私は簡単に一礼的にあいさつしかけた。Мという社員女子は私服姿でシンクに洗い物かなにかしていた。私はあとでその前年比いつのまにか白く脱色されたような長髪を変な“ 白髪ねぎ ”と評したのだが,,先ずかれはいやそうな顔となにかの皮肉なのか出迎えられないといった口調だった( 私のおはなしでは,それは2年後かれら自身の境遇だったという. )室内には掃除係Nともうひとりの婦人だけが並んでテーブルにいた。私は‘ お久しぶりです ’と会釈したが,なぜかお掃除係Nはまったくむっとしたような顔で“ あんたも親の脛っかじりか. ”となにか事前にそれまでに苛ついていたかのような様子だった。当時,私は概して朗らかだった( 2001年あのギリシャ-トルコ旅から以後,私が毎秋-年末そこに通えたのは,可能性に生きられなくても,自身抑圧が無かったからだ。)
“ えっ?何? ”と私は普通に訊ねたが,その場だれも答えない。反対に不可解な“ むかつき ”の余り,私がそこへの次回通いをできなくなったばかりか,私の手紙に拠る質問-クレーム等の,無視されたという状況はその翌年春頃からだった( 一度だけ,そこ以前の事業所からのU主任がメールにて“ ..解決したが,こちらの担当者が代わるので ”という意味-不明瞭な簡単そうな答え一通きりだった. )その引き際が物理的な様相だったのかどうか,わからなかった。
私の自己心理的として,暫く考え着かなかったが,あのオバサン2人の“ 誹謗 ”が先ず彼女に掛かっていたのだとしたら? -私は‘ 清潔さ ’を信じながら,実際には“ 彼女 ”にと裏切っていた( ,当時つきあいのようだったOT婦人からも. )結局わたしの憤懣といい,英会話イーオンなどへの2009年までの“ やり返し ”ついでに,あとで撒いたりした( ,わたしは警察署では12月の晩そこに行ったとは直接供述しなかった。あの事業所で“ 火点けたろか. ”と私に言ったのは,例のおトイレ掃除オバサンだった,,私は施設に放×こそしなかったが,あの時すでになにかが凍りつかせようとしていた. )
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“ 笑いばか ”の震源がこれ自体かどうか,“ 品行方正 ”の側としてみとめるのには勇気がいる( いま父が切り替えながらのテレビチャンネルに,ちょうどパイプオルガン奏者に拠るBWV731の部分がきこえた。あのタイトル,なんと言ったか? )
私にとって( 上記に述べてきたことは, )またもやあの海辺のきびしい場面みたいだった.見過ごしたか,処刑されたか,どちらか,という世界観( -あの絵には“ 井の上様 ”がいなかった. )

2020-10-17: わたしのすべて
路上の女の子らは私の側をあの物理的な様相としての“ 笑い拍手 ”で占拠しようとしたようなもの.私の側が分裂させられているのなら,私は再び“ ひとりひとり ”を説得しなければいけない。詰まり,即-全員‘ 夢見の実践 ’と。それらは,いわば仮想されたいやがらせのヴァリエーション,( 私は“ 外的障害 ”と捉えていたので,私-自身にそれらとは認めなかったが, )私はいつでも‘ 修理 ’できたに違い無い。
〔 ;“ 現象研究 ”には必ず自動症もしくはオートマティズムの問題が付与されると,“ 道端 ”に対する懐疑が唱えられる。この障害については私のページ殆んどに無尽な労力と書いた通り( 同じ過ちを繰り返すかもしれない“ 受動性 ”の,事前-資料となれば? )

私は“ 受け手 ”なのではなく,
すべてはこちらからだ。
寝床にも私-自身の身体に感覚的“ 依存 ”したような寝方は,余計な労力だ( -“ 頬杖を着く ” )不要。〕

2020-10-18:
深夜.ある別のひとのこれのような,なにか大人びた印象,これにチャンネルしてみる。あの寝際にみられる黄色っぽい光ちらつきのようなもの,読めないがカタカナ印字の( 左右反転したかのような )なにか。..小さな影等が( 壁に張り付いた虫たちのように )素早く一斉に動いて配置を変えたような..
朝.読書の途中,両目閉じて視てみると,やはり黄色っぽいなにかがみえる。それ自体への注視,今度のそれは半ば断片的か( なにかの形みたいでもあるが- )重なり貼り付いたまま動かない( -残像? )
( 不意に )ポテトチップスの赤い紙筒容器がみえた。:
[ おはなしでは“ 85年のお正月か,94年の春休みみたいな ”という。それが“ そのあと( わたしの )創作活動の在った時期にはみえなかった物 ”だと。]

・ 再び‘ 左目と右目とを一点に ’みる。

2020-10-20:
夜のうち,どうにも‘ 夢見の実践 ’に集中できない( 両腕が冷える..ウォーマーセーターが必要か.. )そこで,私の右手にペン回し練習時からのあのボールペン一本を持っているとイメージしてみる。それはすぐに青っぽい均一な色の注射器かなにかのような形に変わった。( 変だな,-性的な象徴の問題ではないのに? )私は何日間かペン回しの瞬間毎に‘ 夢見の実践 ’と条件つけのために言っていたからだ。このような試みは私の生活-フルでなければ無意味だ。
あの“ カージオイド ”のひとはペンが常に指先から離れないような動かし方をしていたのだろう。私はいつだったか学校の教室では退屈半分によくこの指先に中指-小指までを使って鉛筆をくるくる行き来させようとしたものだが( ,ひとりキーボード憶えに換わったからか,以後その機会も無くなった。)
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〔 直前の夢:
何人かで夜道に歩きだしていた( そのうちのひとりはOT婦人のようだった。)左側-道路際の少しばかり暖色街路灯の灯ったような不明な暗がりから,あの“ からかう ”ような笑い声の気配,わたしはまた気にしないで歩きだす。何台かの駐車場に差し掛かった時,わたしは尿意を我慢しているひとがいるのだと思って‘ その辺でちょっと声を掛けて手洗いを借りてみたら. ’と言おうとしている。
:この夢での場合,グループ的な連れ歩きという行動自体には今回“ 笑い ”が投影されていない。‘ 私 ’という自意識のレヴェルも無いに等しいのだが。私にとっての‘ 私 ’認識の度合いが強ければ( あたかもこれが‘ 夢 ’自体のレヴェルであるかのように, )“ 彼ら ”もまた反応し易くなる。だが,私はもう“ 徴用 ”しなくなった。私は私自身という視点では一度もあのグループ者たちを意図的に利用したわけではない( 私から動かそうとはしなかった。)それらはむしろ記憶的な心象とのコラピーに過ぎなかったのだろう。私が路上に危惧し一々それの“ 気配 ”を反って投影したのだとすれば,これもまたオートマティズムだった。
そう言えば,数日まえの晩,私は久しぶりにWM大通方向からHY公園付近へと自転車で一気に上がれてそのあいだのマスク独り言ぶりにも無関係だったが.,そのあと例の公園に墓場沿いに上がるときにも私は関心しなかったのか,歩道際-墓地すれすれに近づいてみてもあの以前のような“ おそれ ”は全然起こらなかった( だって,石の並びというだけだったのに? 反って私があの“暗がりのピット”に座してだれかを待ち受け怖がらせるとしたら..? )〕

無気味な夢(;2020-12-28 )
“ 笑う ”骸の男イメージ..( 2018-04-21 )

2020-10-21:
私の指先でペンに‘ さわらない ’というように,何もさわることが無いという言い方は,従来の観念的もの自体への‘ 夢見 ’には反している。[ 同一的-夢見否定. ]
しかし,私は純粋に論理と理性に拠る‘ 夢 ’判断は可能だと考える。[ 明晰的-夢見, ]今や‘ ぜんぶ夢だ. ’という見方は必至である。
これは単にすべてを他人事とみなすというのとは違う。“他人事”とは結局-関係性であるから,“わたしの存在する所”を免れないのである。
私の即-純粋感覚としてそれと見れば,キャラクター“ 彼ら ”は眠りの夢-表れと同じか,転訛されたそのものだった.,
私は今や‘ ぜんぶ夢だ,これは睡眠の夢だ ’と言うべきなのである。

2020-10-22: “ 不安 ”は記憶からだ。

・( 予め )ことごとく迷惑と言うという試み。これをわたくしに解-説してみよう。
最近なんでかまた“ 笑い ”のグループ子たちが路上けたたましくなった.
私の中には既に“ 夢見の実践のコウシロウ’オケダ先生 ”だけで,たとえ“ 笑い者たち ”が街路上で私の通る度になにかと受けようが( 拒否しようが, )私は一切関与しない。無論,この点は彼らには無関係であろう。今の私は知りようが無い( 私の心理的環境は以前よりもしんとしていて,良である。)
[ これは私見だが,良心的に持ちたければ,このまえのペンス副大統領のハリス上院議員との“ 討論会 ”でのように(,にやにや顔にではなく-)計な言葉が出なくても,ひとの笑えない方が余程いい。 ]
併しも,わたしには普通の家族からの問題が遇ったし,わたしが生活地域でなにか言うとしたら,人的にはノーマルなだけで,‘ 超-常 ’とした関係の起こし得ない。ここファイル等で私の記した内容が私のすべてであり,私本来の一環境で実験ができるだろう( 私が今後だれかと“ 能力 ”共有するような目的や関係性はここには一切無い。)

2020-10-23: 一瞬間イメージ。
昨夕.通いの図書館にてインターネット席,雨雲レーダー画像に予測つつ,( 面白味無い )自ファイル日記概要-見出し付けのためのメモ作業,不意に眠く..糖質が増えた所為? [ 通常“ グリコーゲンスパイク ”は食後30分の筈だが.. コーヒーの常用が血糖値上昇抑制に実際どの程度効いているか,私は未測定なのでわからないが.. 私はできるだけ自転車お出かけ直前に食べるように習慣化してはいる。 ]
私の体は椅子に掛けたまま,その場に在るいうスペース感の消失したような( 通常そこでは私の意識を保ち続けようとしていた。不意に )薄暗くなにか段ボール箱みたいな物の見下ろされた,ちょうど収納された大きさ白っぽいコードかなにかの一巻き,という不可解な( 一瞬。)
それ自体の印象はあの暗がりノイズ残像みたようで色合いも無いが,その瞬間私の作業との関連無いイメージ,意味不明。
私の質問課題として( 私が通常に注-意している状態からの不意な“ 表れ ”には, )もしそのような“ イメージ ”が夢自体への始まりという意味での連続性なりうるのか,それとも一瞬だけの表れなのか.それ一瞬だけでは私の判断付かない。
今寝床にいて( これの記憶しながら )途中何度か‘ みえないか ’ためしてみたのだが.,( 私の意識が,寝入りに代わる途端- )その度この右手-ペンを持っているという感覚が無かった。今この‘ 右手にペンを持っている ’という感覚自体をこの注意に保ちながら私はやってみよう:

明晰夢見への考察( 論稿 )

My Eyes are Open. :2020-10-24 -