2025-05-02:
2.
- 夢には決してつくらない( 相対的要求ではない, )
反対に要求があればこれらを逆接的否定するだろう。
但し,
- 同一視や聴き取りを避ける( “これ”と応答する要件ではない. )
ただ身体性あるのみ
-ところが,
+ 意識性の減弱している( これら意識できない, )
この状態の一方に夢見を戻す( 一瞬ごとに。)
・ 身体は対峙する( 対称化する -)
仮に肖像化-音像化された夢と対しなければならない場合;
- すべては現象である( 関心である,全部. )
それらという-ぜんぶ..
1.
“ レジスタンストレーニング( 身体への効果的な抵抗運動 )”という方法を夢見に応用するのアイディア;
( これは先ず私自身の対称化という意味を持っている。
しかし,今回これらに対して先ず私の意と明瞭とする。
この視点に拠り,私-すべて抵抗となったとき,
憶い出すだろう。)
2025-05-09:
-だが,以上のように記したあと,あたかも別の時間から戻ったかのごとく,( 昔-通っていた図書館の,心理学書のまとめられたその物陰のような棚を前にして久しぶりに立ってみた瞬間,
)私は本当にそこにいるかのようだった。なにも特別な記憶も無かった, ..案外これが自身の感覚か,古い時期のなにかとその思考領域外のレヴェルで通じた-とでもいったかのように,“私は”とも言わず,ただそこにいた。
たとえば,わたしの憶いだした女人像がわたしの“憬”だったように( ..そのように文句無しな“感覚”について思ったとき-そのあと,私にはあのJアイアンズ演じたハンバートが最後にみおろしていた屋敷と森のような景色を連想したのだが,心的な,包括された存在自体としてあるとき,それが“わたしは”夢だった-とは先ず言わなかっただろう。)
数日まえあの黄色い花など咲きだした箇所,再び歩いてみたら,このまえ数本だけ見かけたナヨクサフジの,あっというまに広がったかのような集落等が,いくつもできていた( まるで,もう珍しいものでもなかったかの-? )橋から眺めてみると,緑色のあいだに薄紫-雲などがみえる。私はその青っぽくみえる萎れかけた花々だけを摘んだ。 来年..? 私が昨年あちこちに撒いておいたスベリヒユみたいに?
2025-05-13:
[ 私は“ 夢見 ”について,私の体験本意に導こうとしたので,べつに誰かの手法からトレースしようと思ったわけではない( 仮に,Cカスタネダ氏のシリーズが箇条書きで夢見のための条項みたいに書いてあったとしたら,私は読まなかっただろう。) だれしもオリジナルワンであるべきだ-というのが私の理想だった。
-だから,“明晰夢”のページといいながら誰でも一般的に述べるような“やり方”だけを単に美麗な合成写真イメージ添えで簡易な“方法”として示すばかりでは夢見の価値を平均化してしまったというべきだ。そこには“未知との次元”や“未前の夢”といった夢見の本質的活動が無いかのようだ。]
抵抗空間
おそらく借りなかっただろう本のために,その受付カウンターの一角に私の視野を向きみた瞬間,その卓との頭上高さにぶら下がった“ 資料・書庫 ”などの表示-張り出し部分に私は,たしかにそれがこちらに対して立体的に迫り出したかのように“それ自体”かの印象とみたのだが,ほとんど同時にそれがこちら側の投影-投射された印象に過ぎない-とも気がついた。私は夢見のひとのように,“ 抵抗空間!-
抵抗夢見, ”と反射的に呟きかけた( これは“ 草空間・草迷宮 ”からの自動的な文字りだろう。もう何年も私には意識しなかったタイトルだが..
もはやも無く,私は物的な距離や物的な大きさ“自体”を持たなくなっていた。)-だが,なぜだろう? 以前のわたしはあらゆる“もの” ずっとそうしていたのだろう。 “高所恐怖症”に縮こまっていた時のように?( それが実際物理的な危険と即そうではない場合にも,あたかも慣周的に働いていた。)
その通りだったとしたなら,その“ 物 ”は記憶されていた何かとの慣性だったのか? -そうだったとしても,私はその場でのその対象的な感じを消すように自らコントロールできたのでは-?
“それ”が物的な存在性を持って私に迫るのだとしたら,なんらかの観念か-視覚的偶然との綴り代わりで,間違えられた表象かもしれない。
さする..?
参照カテゴリー: 投影(夢-反転)+
夢への課題,対象,発見
2025-05-18:
・ぜんぶ剥離する( 無関係な観察対象だけとする。)
2025-06-19:
先週( 木の若芽などを摘んでいたあいだ )左目に小さな異物が付いたようで,洗ってみてもどうしても未だに外れない。目蓋か眼球が傷つくといけないのだが,どうしようも無い。昨日鏡に覗いてみたとき,なんでか右目の下まぶた側が少し衰えたかのような,わずかに垂んだ,くたびれた印象であった。 寝不足?(名古屋の気温とはいえ,)早くも暑さにやられている? しかし,これは左目の問題ではない。
一昨日私は夜道にも“ 受けない ”自由の歩きを途切れないようにと,なんにも“その辺”想わないでただ歩くだけ( これは夢見への態度と同じだ。仮に,それら目に着くあらゆるものという関係性自体に吞まれているばかりであったなら,私の夢を見る機会はもう死んだ同然である。)
..私はこの左目と異物感が消えないので常にこちら側だけが緊張しているのだ-と思った( 一方,右目側は筋緊張を持たない,だらんとした状態? )
“異物”のためにこう気がつかされた.. いつだったか,少年らも何も私に向かって変な応対ぶりであった頃,今だ私は私であった--といったように。 -私が“それら”自身を完全な異物とみなし,意味不明な煽りであった時代に,私はあの清潔な夢見の実践者であることを,先だ已めはしなかったからだ。
顔面研究からの連係的話題 :2020-07-13,
/ 顔面研究 - 健康用3( アンチエイジャー )2025
先日“ トップガン マーヴェリック ”テレビ放映されたのを視て私は( 彼の役柄が“ あのオッサン ”扱いされているところからの再生というテーマだと思っていたので, )ヴァルとの再会シーンも,ある意味“激甘”だった。最近今週の時事として言えば,アメリカ側があのような“エースストライク作戦”するのではないか-といった問題だ( そう言えば,あのミシェルハーイク2025予言等には“ イランがあらゆる予測を超える被害を受ける ”というひと言も遇ったが.. )
..左肩肘の絶えない痛みも,この夏のあいだに少しずつ解消しつつあるようだ。
2025-07-26:
昨日ようやく“ ヘッドストロング ”一冊を一応項目的メモにまとめて時間どうりに返却できた。
私は今これをアマデウス“ レクイエム ”聴きながら書いている( そう言えば,昔モーツァルトは水銀中毒だったという説があった。)白澤さんの“ 長寿脳 ”に対してややラディカルに捕捉できる点などもあった。 シンクレア氏の“ LIFESPAN ”にも一節述べられていた“ 寒冷体感による熱産生法 ” 白眉だった。 /.. バイオハッカーが「水風呂」に入りたがる科学的理由 /
ダイヤモンド・オンライン,2018
-本来体内で生成される(神経伝達物質として作用するもの,ホルモン様物質など)大量に摂ろうとするのは影響的不自然だ-という現在の結論である。[ これの直前,“神経作用物質と老化”というワードで補足メモしてみようと思いついた。]
ここの文脈としては,夢で“ 大盛りカツ丼 ”を食べれば血糖値は上がるだろうという見込みについて,あらゆる能動的ヴァリエーションとの操作的もしくは“やられ損” 問題-障害として想定してみる..一助と思う。
[ ..夜中にかかり,今週喉が渇くので今も緑色こんにゃく1切れ2切れずつ60回くらい齢んでみている。“観念的な爆食”と記憶因子とのかかわりに関して(一瞬考えようとする子のように)索してみようとしていた。
私は身体的アウェアー自体が記憶的随想だったのでは?と思いはじめていた。-あの自転車うんどうだったころのように( それはすでに“うんどう”自体だったので私の身体性から離れては一々投影との問題と化していたのだが., )]
そのような因習的満足の辿りはイメージというよりはリマージュであったろう. これにも結果-原因との報応果因?見れる可能性である。
2025-07-28: 夢中事故率
予めの言動としない者は“夢中”リスク負っている。
最近,路上で歩道側やこちら自転車の徐行停止に際して一旦停止無視したような自動車両が急に増えた。..いつのまにか道交法が自動車優先に変わったのだろうか?
一々無期になって車両に対して態度に出たりしたら,“子どもたち”が-[ 同時に,昨日単独自転車の“若い子たち”いくつか独り言を声に出してつぶやきながらも目についた。
それは私自身の事故率だったのだろうか.
このまえ一度,自転車に自動車道際を走ること-というような喚起されていたが,不慣れな自転車乗りは想定外の物品接触などに驚いて車道側へと避けたり転倒しかけたりのおそれがあった( いつだったか私は毎日毎時の“嫌がらせグループ”を避けようとして自転車での体力知力トレーニングのための通り路にも苦慮しなければいけなかった。
仮に同時に車両側“パッシング”増加していたとしたら,最早なにも保険の当てが無かった. )
あたかもトランプ政権を容認したかのように(ロシアに社会主義など無かったかのように)自動車側の挙動を優先してしまうような風潮が当然化していたのだとしたら- “ 私の明晰夢見の実践 ”どこにある-?
仮に“別の夢中”みたいなものが遇ったのだとしたら,他者への危険率は増すであろう。また,私がこう記すに因って,私に際して“あぶない”とつぶやいたりする子ども連れオバサンが一方に再び増幅される可能性もある。
それこそ“子ども”の当然かもしれなかったが.. ]