The Dreamballer【仮題】

2021-04-04:
ドリームボールの中(おなか)

2021-04-06:
私の右側は“ 自己 ”分離している。

2021-04-07:
虐めの悪循環を消しましょう。’と言ってみる。-(彼らが)笑っていた.[ 対抗の問題. ]

‘ ドリームボール ’半ば視覚的に微かに,球状の回転する半透明-緑色(身体エネルギー的か)いまだ部分的な不完全状態?切れ端のような隙間だらけみえた。両手の薬指と小指に柔らかい‘ 気 ’のような感覚が発生中。室内に小さな板鳴り音が少しずつ。もういっぺんみようとすると一瞬グリーンは球状面にやや大きめのあの正四角形等になっていた(意識的の象徴?)

私は現在の夢からこの注意を逸らせてしまう要因を先ず“状況との同一化”と見た。自身の記憶的な反応(または自動想起,)“感情的な?ものとの同一視.”
“ 夢 ”での自覚を保つためにと‘ 一旦そこで何かを一瞬みて,視線を移し,それから再度それにみる ’といった教えが遇ったが,これは普段から記憶-反復トレーニングというべきで,ある印象的な‘ 意と ’の瞬間が次に再帰する可能性がある〔 ‘ 憶い出す ’自体。〕
私は感情には一切無意味と規定していたのでこれを敢えて条件点けしようとは試みなかった。
-
決して“刺激性のもの”と同化しない,という実践点に拠る?
[ アーノルドミンデル“ River's Way(プロセス指向心理学)”2章目,特定感覚チャンネルとの同一化について;
..視覚タイプの人は、身体感覚が感じられないかもしれない。身体感覚のチャンネルを使用しないのである。その結果、このチャンネルで起こる現象が、あたかも視覚タイプの人の人格の外側で起こっているかのようになってしまう。彼に身体的問題が起こった時は、それを運命か不慮の災難として経験する。身体感覚のタイプの人は、不可思議なヴィジョンに悩まされるかもしれない。非-聴覚タイプの人は、声に注意を払わないので、声に追いかけられるといったパラノイド的経験に悩むかもしれない。世界チャンネルが使用されている場合は、世界との調和のとれた関係という特性を示すが、使用されていないと、不吉な出来事や共時的現象に満たされる。..
なぜ一々“ チャンネル ”と言わなければいけないのか,私はわからない。なんにでも調和しなければいけないというので無いなら,むしろすべてに‘ 非-同一 ’決してみたらどうか。すべてがあたかも外来現象として表れるのでは? ミンデルはCGユングの語を用いたと述べたが(そう言えば,彼のテクストには“ 象徴チャンネル ”というカテゴリーが無かった.,)もしユングが“ 外在現象 ”の理論的実践していたなら,とうに“ポルターガイスト”など自由に起こせた筈だ。
確かに,この点に了解が無いまま半物理的行使されれば( “魔術の領域”と言うべきか, )ある種の‘反発’自体が不気味な結果をもたらす危険性も無くは無いだろうが..。]
-
すべてが再び対外的になれば,すぐ‘ 熱 ’が発生する。

2021-04-09:
[ 肉-卵主食,BMI値22に近づき,昨夕久しぶりにKヶ丘-東山(C図書館)へと抜ける最短ルートを行ってみた.,案外いっぺんに走れた.また少し自信。危険に呼ばれない丈夫なサイクリング用ツールさえあれば(-サドル不要だが,前回パンク不安に因り,)あのC博覧会公園前からS市へと下りてKZ寺町へと繋がる道を試してみたかった。
;2020-05-22(UNDO)
ちょうど詰まらない読書ばかりで私の夜中にいない。アリスロブ“ 夜の正体 ”第3章,マットウィルソンという研究者のテーマとして,例えば“ 迷路探索ラット ”のような空間認識活動の多いと,ノンレム睡眠中(シータレヴェル?)最近体験記憶が再生され易いという。(その簡単な章節,例に寄ってロンドンタクシー屋さんたちの脳内-空間記憶に関する海馬が発達している,と。そう言えば,このまえ海外ヴィデオ番組その運転手たちの試験模様が遇った。本当にロンドン市内のあらゆる通り名称などを目的地点までの最短ルート地図無しで口頭で答えられなければいけない。)]
私の当時日記等に記したように(私の寝端に)ある印象的な“夜道光景”が一瞬再現されたりした。私は実践本位なので他者データには読まなかったのだが,面白い迷路や新しい作業環境などに冒険的に取り組めるなら‘ 夢見 ’いっぺんに発達するだろう。

【 読書-参考図書等について,資料ファイル編に何ページかまとめてみた。】

2021-04-13:
ミンデルは“ ドリームボディ ”というその初期の本に於いて“ 雷 ”をひとつの象意として取り上げたが.,若しこれが拡張する霊精または知性的という興味の象徴であれば,内的なひとつの体験といえるような可能性は無く.むしろ,広がる放射ではなく(未だスペース的な“ 内に向かう電光 ”という反転でもなく,)若し内圧という境いがあれば,限り無く縮小される抵抗値として.乃至,外向き量価の無い(極小光点さえも視認されないような)‘ 映らない ’ポテンシャルとする。言わば,外性のものが完全にみられなくなるまでその特徴化をやめる。
( ミンデル著は“ 瓶の中 ”とたとえたが,収集または圧縮の作業については直接語られていない。これらにはファンタジーやコンプレックスもユングの“ 入り込んでくる ”という陳述も無関係だろう。因みに,そのミンデル著“ ドリームボディ ”地下納骨堂という項目には;
..英雄が,最終停留所としての死の部屋に,エネルギーを使い果たした女性原理と共に埋葬される。そこは抑うつの場,身体のなかに沈んで病いを癒す場である。
そこには既に外面的特徴は表れない,あたかも性差の失われたかのような。)
[ 無論,このときまでに逆転移そのもののメンタルピープルは解消されていなければいけない。開いてしまった反対の状態.]
詰まり,“ ボール ”としての表現体は今一度‘ 空間 ’持たない動的な可能性でありうる。

2021-04-14: 主体( 論理体 )の夢。