【 妖精 】

2019-10-14:

私がかつて各所に訴えていたことのベクトルが,あたかも積層されて的に路上反応に変わっていたのかもしれない。私は今日漸くそう考えた。私は私への具体性はなにも無かったと思う。だが、もし本当に象限が無かったのなら、あのグループらのげらげら笑いは嘘だ( 私は自身へのインターにはしない )。これとは別に,ある特定人物や特定場所に対する“ 残留思念 ”のようなものがかれらと作用したのかどうか? -( 例えば,砂田橋交差点からナゴヤドーム傍の大幸1そして東大曽根とのまっすぐルートは,なにかいつも黙って歩いて行けないかのようなオバサン子らの変-相のようだった。多少“ まちうけ ”という転化はあったのだろうが、そういう印象自体は悪循環のもとだ。“ 空気に感化される ”ようなうつろさや抑圧感と乗るようでは,駄目だ )。
最近路上少女らの“ 笑い ”はグループ単位ではなく,ひとり受け(ウケ)の類いに戻っていた。私は“ 被害者 ”という立場を殊更利用することはできないし、悲壮感という問題にもできない。ある子たちが着せられたり帰されたりしても、私本人として‘ 夢見の実践 ’のお金にはならないだろう。

- 決して‘ 自身 ’に言い掛からない。

2019-10-15:
・ ぜんぶに‘ 夢見 ’る( すべてに‘ 夢見 ’という。 )

私の寝床で読書中,右脇腹-前部になにか右腕と感覚になるような( その空間になにか気の‘ もの ’があるかのような )。不意に,紙のリボン等が一中心から宙に垂れ下がった( ややカールしたような )ツリーみたいに想われる。そのリボン等先端が光を灯したようにみえるのは,私の恣意的な連想からか。私はそれメタファーだと思う。

2019-10-16:
起床まえに,突然、私の引用文にウィックランド氏のファーストネーム綴りが“ カーク ”と間違っていたのと気が付いた。何故だろう? 通例“ カーク ”名ならKの頭文字だ( 私はそれがスコットランド名だとも,私の文中には留意しなかった )。私はあの本の原題表記にCの頭文字でタイプされてあったのを憶えていた。私は寝床で未だ,“ ウィック ”という音に掛かったのだろうか,それともLというスペルを避けたのかしら,と勘がえてみようとしたが、見当たらなかった。
しかし、“ カール ”の名と取り違ったのと気が付いたのだから、その綴りはあったのだ。私が私の検索リストにそのタイトルをみた時点,既に心霊関係に何冊かリストしては読んでみていた。私はそのタイトルとネームを暫く記憶に留めたが( “ トランス ”関連に読み出そうとしたあいだ )その図書館での資料票だけを私のメモなどと携帯していた。
今こう書いていて私は“ カークランド牧師 ”という別の名称が度々そのウィックランドという名称よりも先に遇ったのを思いだした。“ Can We Explain The Poltergeist? ”か、“ 妖怪と精霊の事典 ”、コリン-ウィルソン? あるいはそのようなポルターガイスト事例集に一度遇った名称または合成だろうか。

2019-10-17: “ ちゃん ”の語源
私に云われた“ ~ちゃん ”呼ばわりには,( 子ども呼びであったかどうかには関わらず )私は粗なベクトルが流れていたと思う。私が校舎でモノマネ歌をした時に,不良の子みたいに思われていたひとたちがしんとしたような顔をみせたのが,私の記憶に残った( むしろそこに精神誘導があったかどうか? )。
“ 母親転嫁 ”への,あるいは“ 幼児期からの( 幼児本体との )トランスレーション ”は,常にいきて“ 大人の実生活 ”と言ったりする。
私は“ 当面アイドル型 ”という劇場化を避けた。私のアイドル化は発信作業ではなく,一見その受け側の抜け路( スリーヴ )だからだ。
このまえテレビに久しぶりな深田恭子さんの“ あの顔 ”をみて,“ 深キョン 笑わない ”と85年度みたような型-通りなワーズにしかったときに、私はもっと“ キョンの語源 ”を走査しなかった。

“ 行き当たりのひと ”読書
昨日期限に“ 食品の正しい知識 ”を返してからそのシリーズの基礎編“ 分子栄養学のすすめ ”読みかけている。私には頭の要る本だ。ある著者の散文的な文面に化学的な関係を見ようとするのは、最初に見えない電気の原理を形式的に理解しようとする/しない。
私は“ 読もうとする ”私の苦労と,同時に,音読とは無関係に‘ 読んでいる ’がある。‘ 読める ’のなら、どうしなくて即-理解も可能だというサイトが必要だ。

2019-10-18:

インターヴューウィズK.
うろつきの男子グループが夕方なにか気にしたかのように“ 咳払い ”しかけていた。私は注目とは無関係だったのに、また不意に潜在的なストーク?? 私は“ 私の神様を勝手に呼ばれない ”という雲上段を用いなければいけないのだろうか? 
そう言えば、一昨夕だったか、私がまた図書館に向かって走っての最中,歩道上ちょっと若そうな自転車乗りがいた。不意に,車道側から男の声で“ おい! ”と怒鳴ったのが遭ったが、私は私に向けられているという例の“感じ”では無かった。私はいつのまにかあの自転車を追い越したのだろう。直角から一気に行って赤信号に止まってみると,ちょうど後ろに来ていた。私は走りだすまえにライト点灯をチェックし直したので,それから前方にその乗らないで歩いている影をみたのだが、車道側に来た車が突然クラクションを鳴らした。彼女はなぜだかそれの方を気にしたかのようにじっと振り向いて立ち止まりかけたようだ。
私は私の経験から言えば,その日に同じような外的反応が何度も遭ったりすると偶々向こうからの‘ 振り ’にも一々みざるきかざるをえないといったような..。脅えていたのかもしれない。もしそうなら、そのひと自身の気掛かりには解消が優先される。
私の場合に,そういうひとの夜道なにかどうにかできたのだろうか? -“ 彼女 ”だの,“ 彼 ”だの,“ かわいい ”あるいは“ 読みたい ”? そういうものが逐一外からの異様な声掛けになるかもしれなかった! ひととき観念的的な,見分け無い一体には‘ わたし ’これ自体の存在感は無上だが、“ 違う ”という受信-警告もあったのだろう、と。

私は帰り道‘ 関わらない ’と言ったが途端,再びあの粒子状が視野に直ぐみえた。

‘ 集中しない ’
- 自身の緊迫しない。
- ‘ 私は美しい ’というのように,‘ この夢 ’といってみる( 夢のしま )。
- すべてを‘ 流入 ’させる。
〔 いずれにも“ トランス ”的な容-態は受け要素であり、そのような状態は,私には純粋に‘ 生きている ’とは言い難い。 〕
躊躇ちゅうちょなくライフルを構えるときのように,一切‘ 受け ’無くす。

“ 医師の心霊研究30年 ”,読み進まれないから私は速読的に視野だけを働かしてみる。中盤“ 妨害霊 ”に関する記述に,私は思いついた;{
数年前、吾々の友人が、その共同経営者・P氏の不可解な行動について悩んでいることを語った。というのは、その共同経営者が、突然に、従業員に対して極端に怒りっぽく、横暴になり、非常に常軌を外れた状態になって、なだめることもできず、そして、急に激しくののしり出したりするというのであった。
その問題が憑霊によるらしく思われたので、吾々は、その問題の紳士に対して、思念集中をしたところ、数週間後、怒った霊が出てきて、ウィックランド夫人の口をかりて話し出した。

;P氏がその霊自身の妻に気があったので,仕返ししようとしたが,彼はP氏の傍から出て行けなくなり、それで始終悩ませていたという。その“ 霊 ”自身が,憑依相手に対して( やっつけようとしたのに,なんでか離れられないと言っているかのような )乖離というか、あたかも自己による離魂の一種みたいなところがおかしい。
私の数年まえ自転車うんどう( ルート化 )もこの類いだったかもしれない。それで,少年らがその“ 本体 ”に気づいてカラス神父のように逆転相が起こしたのかも( -彼がとり憑き真犯人だという説は無かったが,たとえばリーガンがベッド上で,宙にメリンの“ パズズ ”像にとして視ていたという構図ともみえる )。
私が私自身にとり憑いた“ 霊 ”の動機をはっきりとさせればいい。

2019-10-19:
- 自身に体内反転する。
- 想い浮かぶものはすべて偶像である。

2019-10-20:
私はこのまえ私の記録等にロバートモンロー“ 体外離脱体験 ”に関して書いたのが,偶々再読となり,私自身‘ 身体感覚 ’に拠って宙返りしたりするときには,いっぺんもそれほかの事物のようには投-映されなかった( と,私は思い至った。 )

‘ 投-映 ’と言えば、BSディズニーライフに“ シャーロック 2 ”が放映されていた。アイリーンという“ 怪しい女 ”役のところにカンバーバッチの彼がワトソンと一緒に訪ねてきたという場面で.,彼女の素っ裸で現れた処に彼得意の観察眼を向けようとするが,どうしてか“ ????? ”だけで,その外観に読めない。そこでちょうど“( 見えないのは )あなた自身が投影されていないから ”というような含意だった。
ブロンド染め髪の遺体-台上その皮膚に赤い斑点等という絵柄が、そのお話のどこかだったのか? なんの脈絡か( 私のおはなしでは,“ 今週土曜日に上がった.. ”と言うが )。たぶん,浴槽傍にMが忍び寄ったという場面のあとか、Sが別の案件等にあれこれと勧誘された( 短い画面カット等に示された )まえのオープニング部分のあいだだろう。

コンクリートブロック等-外観の偵察機?
正午まえ、子どもたちのお祭り掛け声がきこえた。私の連想にか、児童用-遊具スペースの一部分に( あたかも路上からみたような視覚 )初めに‘ 滑り台 ’かなにかがあり.,それから次に一瞬,そこに形としては‘ SR-71( アメリカの高空偵察機 )’に変わっていたのだが、面白いことに、その側面全体が( 半ば空中に設置されたかのように )歩道際に雨水-樋として用いられてあるようなブロック等,モノ-トーン張りみたいだった。
私は一度‘ SR-71 ’の型が好きだったのであろう( その時分にはもうわたしの手に持ってブーンと飛ばしはしなかったのかも )。あの機種はかなり現役使用されていたようだから,年数的な象徴だとも思われるが。私からはそれに対して可塑的な意図は無かった。
ブロック等には‘ 意識の連続性性 ’が? 併しこれは解釈の言い分であって,私はそれの自体を表してはいない。
-
落ち-着く?
排水用の樋というと、そう言えば以前、ある‘ 夢だ ’の状況で,私の体ごと高速道路沿いの防音板みたいな物に寄り掛かったような態勢で( 薄い緑色がかったプラスティックのような幅の小さい渡しに )かろうじて私の両足で乗っているという.,半ば空中-高所不安との関連か。私はその場面に私の具体性を見い出せなかった。
‘ 高所恐怖 ’は身体性( 空間 )だというのが私の従来見方だった。通常、空間反映は視覚的要素と捉えられるが、‘ 感覚 ’の正体として,おそらく実際に飛んだり浮かんだりするということの( 拠り所の無い,本当の単体としての )自己“ 不安 ”なのであって、‘ 落ちる ’が第一義なのではない。

2019-10-21:
朝、起床まえに,小型潜水艇の連想されるような形( 円筒の片方-下面が一端にその円錐形 )その表面が少し反射光沢のある赤,その側面になにか白いアルファベット太文字並びのような印象。私は最近商品広告に赤いボトルの肌ケア製品をみたのがその基かなと推測した。それが‘ 潜水艇 ’のように潜在すると-? 
観念的に読めば,むしろ,水という保湿成分自体にその機能容器が浮かぶという,逆転したような構想だ。
昨日付‘ ブロック等 ’に私の付記し直した件で,‘ 単体であるがこと ’という見方が,ここにもその絵として適応する。但し,‘ 飛行機( 高度偵察機 )’には、ある意味,高めからの監視業務またはその国益という還元性があったわけだ。然し、単独潜水艇は水中自体という認識的な反転であり、より一体に近い。

“ ROUTAGE ”?
午後9時より“ シャーロック ”2-2話目みた。その毎回のように“ トリスタンとイゾルデ ”のような音楽かかるのと( シャーロックがヴァイオリンで奏でたりする“ シンドラーズリスト ”はそれとして,)底本-底流には私の見えなかった。ただ、私は未見ながら,先週“ シャー,ロック ”綴りが気に掛かっていた(“ マイクロフト ”ってなんの意味-?というのと同じレヴェルでの問題かもしれなかったが )。【 妖精 】というよりは,あの作者名のひとつワードで。なんにすれば,妄想は見えなくする( -そこには抵抗値が無い )。
綴りと言えば、私はあの“ 潜水艇 ”のそれに一度も想いだそうとはこころみなかった。不図、“ ROUTAGE ”がそれかどうか? ガスタンクではなく、円筒に太文字と言えば,私の寝袋カヴァーか,無くした自転車のロゴサイン,翻案されたのかもしれなかったが。要約して言うなら、‘ 私の単身 ’という象徴には相違無い。
今一度( 私の目蓋閉じて )想い浮かべてみようとしたら,なんでか錯視の線画にみたようなトライアングル( その角柱3つの辺どうしが立体前後に互い違いに交わっているかのようにみえる )。

( つづく ) 2019-10-22: 夢を止める-再