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催眠?

2019-05-19:メンタル型-押し廃止( ベクトルおことわり-? )
私は今回“ 日焼け運動 ”にはしない。私は陽射しの強い時間に毛糸帽を私の顔面にすっぽり覆った( 両目開き穴に遮光グラス. )[ 当時なぜだか,私はプラスティックやUVカットシートなどを軽量ヘルメット型に組み合わせるというアイディアを持たなかったので,わざわざ不便なすっぽりマスクを被っていたのである. ]

こんな目立たない普通自転車の私にさえ時折未だになにか言いたがるような“ 暇なうろつき男子 ”が? あたかも“ スカート捲り ”の集団化みたいに? 
例えばフルフェイスのサンバイザー婦人や( わざわざ全身の肌を覆っているのに )こういう私に対して、なんか視線が多い。私は素直に言えば‘ 自ら( 警察に )通報する ’という[これももう若者らしくない]直接話法だけだったので( それが別のベクトルだったとしても )、“彼ら彼女ら”という間接話法に依ることは反って二重三重の危険となっていた。

私は感情論やメンタルには対応しないと先に述べている( ひとの顔みたりみられたりや他者名義を偽性にたとえるという行為を当然化するような、もの欲しさ-自分かきの論理は、一切とじて廃止さるべき。そうでなければ、なにを路上に“ 関心 ”するような理由がある? もしアカンベーをするものがあったら、私は‘ それこそ求めているのだ ’ )。
-〔 ..心的外傷に対してそもそも反応しようともしない、という場合もあります。そういう場合は、ヒステリー性譫妄の内容として、まさに、患者が正常状態に於いては全力を尽くして自分に寄せ付けず、制止を加え、押さえ込んできた表象圏がしばしば見られます。( 例えば、修道女が譫妄状態になると、神を冒涜することや性愛的なことを口走ったりします )。“ ヒステリー諸現象の心的機制について( フロイト講演,1893年 )”,
シャルコーがその育ちの良さと礼儀正しさを賞賛していた若年者の発作が、乱痴気騒ぎと悪口雑言という形をとっていたのは果たして偶然なのだろうか。修道女のヒステリー性譫妄が神への冒涜や卑猥な光景に満ち満ちているという周知の事実が偶然ではないのと同様に、シャルコーの症例で起こったことも偶然ではない、というのが私の見解である。こうした事例にはヒステリー状態の機序に対する深い洞察を可能とする関連性があるのではないかと推察されるのである。健康な人が非難したり、しばしば多大な精神的労力を割いて抑制している観念や行為衝動の諸素材が、ヒステリー性譫妄へと仕立てられていくのである。同様のことが夢にも言える。日中は非難され途中で中断させられてしまった連想の続きを、夢はその先へと織り加えるのである。私はこの点に関して、‘ ヒステリー性対抗意志 ’という理論を構築したが、この理論はヒステリー症状のかなりの部分を包摂している。“ シャルコー火曜講義 翻訳への注解抜粋( フロイト )” 〕-
今や私は周りを消却できる。
さて、“ 睡眠 ”が無かったのか、変な拍動が起こり急に珍しく私の心臓が割れそうだった( そう言いながら、“ 痛み ”はこの体の右側だった。それで普段私の止まらない練習用坂道途中、初めてのように、止まらざるを得なかった.私は人目に付かないように北側上りから平和公園内を行くのが精々だった。
[ “ ベニスに死す ”のあのラスト。私には初めから“ 女の子 ”という偶像ではなくて( -それらは“ 生殖行為 ”そのものとは無関係な )自身の映し性だった。そう言えば、私はそのような自身の対象を一度も‘ 夢 ’には見なかった。“ 夢 ”の表れはいつもそれ自体だった。 ]
“ メンタル割れ( 心臓ぶれ )”はこのように致命的だが、むしろ3才以前に戻ったかのようでもある。 )それでも一瞬ごとに私ひとつの自由走りができた( 熱と羊の柔らかさ )。

- 私は‘ 犬子どものこととはメンタル人間規定をしない( その必然性は欲求側にあり、私は要求請求しない )’と定義した。

熱性疾患ではヒステリー神経症の形成が妨げられることが多い。ヒステリー性の片側感覚脱失は、発熱しているときはその症状が軽くなる。-( Sフロイト“ ヒステリー,ヒステロエピレプシー ”,読書ノート-(8) 補足 )
- 発熱体自体は受けない( 対応しない )。
[ 私の身体部分に起こった温感については,感覚カテゴリー参照のこと。]

帰って鏡にみると顔面-肌質はあれ。なんでか焼けている,内部から? 私の身に聞いてみると‘ 酸素不足です。 ’
そう言えば、検索資料には“ コラーゲン産生には大量の酸素が必要 ”という一文が遇った!( が、その原理が私には無い )。

2019-05-20:イメージ:水面と邸宅
眠りのあと、夜の灯りにみたように、水面に半ば浮いたような四方デッキ型( ガラス張り一階分,その下わずかにみえる太い角柱中心に支えられている )施設か邸宅のようなもの。私にはなにか建築設計のコマーシャルイメージみたいで具体性は無かったが、例えば“ インセプション ”の記憶合成場面に遇った,水上の一軒家という絵がそのような表現とも連想される( どこかに本当の原盤か素因があるかもしれない ).,近づき難い空間。

2019-05-22: しかくともの
一昨日私は初めて視界の光景に直線状の物が直線ではなく、湾曲凸面に視たように‘ この中心に迫ってみえる ’と着いた。この様相は物理的に無論正しいのだが( こちらから壁面タイル張りや長い直線の中程に近付いてみれば、その上下に平面直線的にみえるわけは無い )、私にはそれまで単に直線状は直線であるという、思い込みだった。私は少しデザインを勉強したこともあるし透視図法について以前日記に簡単に書いたこともあったのに、なんでこれが失われていたのだろう( -光景や匂いは遠去っていた )? 
なにか特定成分の摂り過ぎで実際に眼圧が高くなったとか、私からの映写が無くなったから物理側だけが映るというのは、単純な見方だ。

ミルトンHエリクソン“ 催眠 ”関連書に読んでみる。このまえ編集の2巻目だったか、“ 発育未然の女の子乳房が( 暗示により )多少大きくなった ”というような例が書かれてあったので、単に‘ 催眠暗示によって身体的変化を促せるか ’という関心のみでその章だけ読んでみた。憶えが無い。理論と自己実践が無ければ、伝記歴史というに過ぎない。
視覚的、聴覚的、触覚的、臭覚的、味覚的影響などが反復すると、暗示の影響を増加する状態に誘導されるのです。
私はたぶん若いときには意識的な能動的な反復の用い方を知っていたのだと憶う( “ 自身 ”化されて体が遠去かる以前 )。まるで新しい‘ ツール ’を得たばかりのようだった。しかし私は股間のものを必要とはしないので、もっと両足だけを伸ばしたかった。

2019-05-23: ‘ ヒートショック 夏バテ ’?
ヒートショックの効果が無くなったか( -ちょうど前回‘ HSP ’話題から4週間目に、私の体がまったく無気力かつ動かなくなった.,私の記録に読み返してみるに今月13日頃が夢見-気力ともピークだったのであろう )私はたぶんそのあとに発汗うんどうを一週間程は控えて涼しく体調コントロールしなければならなかったのだろう。おそらくに中途半端な休息睡眠が危険であるように、減退自転車や慢性的汗ばむの連続だけでは反って活性化できない。やたら鼻腔が痒くてくしゃみ鼻水が出る( -肌質悪化も冬季日焼けUVAの影響でと決めつけられているが、空揚げフライドポテト大好き時代のメイヤード反応か、なにか別の心因かもしれない。 )
併し、体の無気力が私の‘ やる気無さ ’原因だとみては( 体が動きださないというのと‘ なんか気分がすぐれなくてしょんぼりしたような ’とは連想的問題であって、原因そのものとは相関できない。)私の存在活力自体が肉体に依拠していた.,たとえばVCやコーヒーが無ければ活性化できないという、依存性の原理だ。ヒステリー性-源が無ければ現象は起こり得ないと言ったが如くに? 

- 精神を一旦‘ 無音 ’に戻す。