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夢トレーニング ( 夢への習慣化 )

2017-09-07:
‘ 夢 ’への随意的トレーニング( 案1 ):
・余計な物音があったらその瞬間‘ 夢!’という。
・食べ物や異性のものをみたらその瞬間‘ 夢!’という。
:通常の興味関心( 欲求 )が当然であるような状況で、敢えてこれ優先する。

〔 記録( 夕方 ),先程のメモをみるまで忘れていたが、食べ始めるときにおもいだしあった。
“ 両手 ”がこの視界に在ると注意対象として喚起される( 実際には“ 鼻 ”でも“ 両足 ”でも同じ効果には成り得る。Cカスタネダの著書には“ 視野の周辺で視るんだ ”という文句があった。たぶん同じような注意-作用がある )。だからこれはトレーニングのやり方に拠るのだが( 常に“ 対象 ”ではなく私の鼻先に注意すると同時に‘ 夢 ’見ようとしていれば、夢にも有効では? )、普通に外的状況に囚われ易くても‘ これ ’優先-訓練することはできる 〕。

2017-09-08:
‘ 夢 ’への随意的トレーニング( 案2 ):
・私の両目を開く度( 光景をみる毎に )おもいだす。

午前3時頃,( 私が案1を記したときからの )卓上-食前が画像的に想いだされた。
階段際に映った私自身の影、おもいだした。

自転車-道中に‘ 注意 ’おもいだしたの場合等:
・夕陽が眩しいのでサングラスがほしい。
・自ら漕ごうとした。
・夜道に敢えておもいだそうとしない,自然。
・側道( 横道 )向こう側になにかのポールがあってそこに人影があるようにみえた。
・右折車の対向ライト等。

2017-09-09:
私は( どんな路上外圧があっても )私の試み・記録だけを付けると決めた。

私は今朝迄にまた‘ 夢 ’ができなかったのは、私が‘ ねむらなかった ’からではないか? 
{ しかし夜道では私はまた‘ これ( 注意 )途切れさせない ’訓練と続ける。‘ これ ’は目に映る光景自体の問題ではない。}

2017-09-10:
朝方,夢のイメージとして、深緑色の( なにかわからない )薄い水平断面その上全体に火が出ている。私は‘ なにが燃えているんだ? ’と言葉にして問うように言ってみたが、同時にそのイメージが伝わらないと意味不明だった。
〔 火のイメージはそれとき2回目だった。両足の熱が冷めていないのがイメージになったのだろうか? 〕

あらゆる催眠的な‘ 呪い ’は消されなければならない。〔 私は私自身の“ 母親 ”に少年-悲鳴ではなく‘ 夢見の実践 ’を通じるというアイディアを試してみた 〕。

自転車うんてん休止。常に雑念がわいてくるようで落ち着かない( これには私は両足痛みゆえの逃避だと判断した )。このように体に自覚症状が無いと苛立ちが募るような状態にも対処が難しいという場合か。

自己抽出ファイル: 明晰夢実践のために・試みとその直後 / その反省点(等)