体と現在点|夢の体-機能?

2016-12-18:
私はこれ迄の前述のように私自身の“ 周囲 ”を私自身から消そうとしていた、‘ せんめつせん ’という対立も無しに。跡形も無く( 私自身 )残像を消せたら。

2016-12-19: しんだ‘ いやがらせ ’
要求無し。‘ 夢 ’記憶無し。

ひとつ思い付いた。私が昔コーヒー習慣が‘ 夢 ’に妨げになるかどうかを気に掛けたのは、コーヒー成分と私の体自体という問題からではなく、私が‘ コーヒー ’に依って睡眠や‘ 夢 ’に明晰になるかもしれないという依存的な関係の可能性として持とうとしなかったからだろう。

路上には未だなにか笑い声をするような女子が( 私の自転車の度に多くて数組,次第に減っている )いた。それらには私の問題が無い。私には用事は無いからだ。今更に鎮静としている。私は自転車のときにも私の体( 現在点 )だけで、もうなにも見ない。

昨日少し気温があったので半袖2枚に短スパッツ・半パンツで旧名古屋駅前辺りまでの簡単な自転車だった。左腰に少し痛みがあったが、私は前夜うんどう無しに寝たので‘ うんどう不足だ ’と決めつけた。
誰もいなかった。昼間晴天だったのにダウンジャケットみたいな服装の通行人が割に多い。今年はもうクリスマスシーズンも無いかのようだ。
午前2時にもう一度ひとりで走るかと用意してみた。街のポイントという自身が無くなったので、ルートという想い入れも無い。‘ 路上本位にはできないから、やめよう ’と思ったら、腰の右側でポクッと音がしたかのようだった。‘ やめよう ’というときには体の緊張感が解ける。‘ いや、やっぱり行こうか ’と言ってみたら、突然左膝に痛みがある。私が今これをケータイに書いている最中その言葉の部分でまた左膝が痛みだした。
‘ 夢見の実践は ’

2017-06-21:

夕方“ グーグルマップ ”に少しばかり拡張ルートを画像等チェックした。
私は名古屋市内へのルート設定ばかりなのでいつも通常のグーグル日本語版URLに“ /maps/ ”を足して自動的に地元地図を出して見る。千種区,日赤病院北_高峯町の東へと上がり、その先で南下するのはそこでの私の前回ルートだった:
( 初回には暗い時間だったが、私は第2グラウンド横を通り八事霊園を左にみながら山手通との交差点に出て本山におりた。その横断歩道になんでかあのいきなり拍手しながら笑い声を上げるような男子グループが? 無論私は歩行者へのきっかけは無いので無関心だが、今更あの数年前までの一部の観光客みたいな古臭い振る舞いは不可思議だった。私にはそのような物真似されるような振りは無かった )。
私は今回マップ映像にチェックした通りを天白区へと上がってみた。〔 あとで帰路に“ その裏山にダイオキシンがある ”という変なおはなしだった。私にはなんだも不明なのでたとえ話かしらんと思った 〕。153号線・植田一本松_植田西_八事裏山からまた少し上がって八事交差点。もう変なひとはいなかった。私は前回同様に休憩無しに山手通を走り上がるように日赤病院北へと戻った( その一周で8kmちょっと )。そこで西に杁中まで下りたが花見通には行かず、檀渓通にも忘れたように153号線・川原通7_吹上?大通? 笹島・駅にも人影はみえなかった。また適当に桜通と錦通など,傾斜-等で折り返して再度栄町付近へ。
たぶん合計35kmくらいで漸く両足にケツが上がり、“ もしサドル無し,ポール型ステーだけの自転車で作ったら ”という冗談だった。両足上げ気味に、翌朝に疲れない程度に帰ろう。

朝方キューブ,何度か時間切れにてやり直してみたが、毎回最初に8隅がきれいに合わなければ駄目だ、シャッフルして置いた。午後,夕方まえに測って9分50をマークした。やっぱりも無く、わけはわからない。

寝入り端に観察する。夜の用水路沿いにみたような( 見覚え無い )古い小路-左側にフェンスみたいな形。それはその一瞬光景っぽく表れかけたが、私がみていると( 両目蓋-閉じてみるときの影か残像みたいに )その形だけがみえた。

夜,早めの自転車をやめてキューブに数回トライしては時間オーバーにつきシャッフルし直した。最短8分12。

2017-06-22:
わたし‘ 気 ’にしよう( 意のからだ )と心した。これは夢の体に似た働きをもち、非常なシンクロニシティが頻発するだろう。

午後5回程キューブやってみたが10分を切れなかった。

寝床で‘ わたしのからだ ’一体と意する。これ自体に‘ 夢 ’みるという夢見の論法である。

従来の外界や室内空間などを消してみよう( 一昨夕の“ 裏山にダイオキシンが ”のおはなしにも私自身というそんな障害が象徴的に翻案されていたかもしれない )。
一回だけ、無人-夜景のように道路-上り坂道がみえたのだが、どの場所というのでもなく、一度も見覚えの無い純粋なイメージだった。