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“通報” | 夢見の基礎,まるで夢のようだ!

2016-05-18:
朝方から昼間まで7時間か8時間程寝ている。この体は寝かしておきたいがわたしは常に‘ わたし ’でいたい。幾つか夢の場面はあった。慣れない事務所で靴の履き替えを気にしている名も無い訪問者のようだった。そこには‘ わたし ’はいなかった。
わたしは以前の一場面で黒電話に外国語まじりの婦人声のような音に対して‘夢見の実践のオケダ・コウシロウです’と言った。わたしはそれ以来一度も睡眠夢に対して名乗れなかったし、わたしの意図でしようとも思わなかった。
朝方まで寝付けなかったので5時半まで‘ ゆめみのじっせんとご検索ください ’と言葉で言い続けた。しかし、これはどうしても本意ではない。わたしはわたしの体の末端にまで遂に‘わたしの体のどこかに夢見の実践でないものがありますか? どうですか?’と訊ねた。そのときわたしはわたしの背中に両羽根のようなものがあるという軽い印象みた。‘ わたしは天使なんだ ’とわたしは思った。

2016-10-30:
居間に女性ひとりがいた。彼女は外見的には英会話スクールにいたような〔 しかし特定の誰という言い方でもなく、私自身によって合成されたようなイメージだった 〕ある講師役を想わせた。彼女にはセクシャルな印象も無いままにそこに毛布かなにかと横になって寝るのを傍らにみて‘ お休み ’と声を掛けるような何気無さだった。
そこに突然若い男子6人程が入り込んできた。その中のひとりは暗く変色したような顔だった。私は電話機で110をプッシュしようとしたが、どうしてかその番号を見分けて指先で押すのがひどく難しかった。連中の2人が私の前で口接を始めた。

〔 私自身にはホモ性向は無いと思うが( その場面での私の反応は嫌悪だった )、その夢での6人に即に“ 変態の関連 ”という連想が働いたのかもしれない。居間での最初の彼女ひとりには性的な関心が起こらなかった。それは‘ 彼女 ’の無関心であるから安全でもあり、脅威は外部からの‘ 変態連中 ’だったと? 
私は街で騒いだりいたずら声を発したりするような者たちはどれも( その言葉が要求の示しであろうと拒否の訴えであろうと )欲求・関心であったに違いないと思う。私は“ 連中 ”の原因が自分自身という名の偶像崇拝だとわかった。それらが他人とは無関係にまるで勝手に私を苦しめたとは‘ 悪夢 ’のようだ。私は‘ 自分自身 ’の創作家だった。
私は街での若い集団の‘ わざとらしい笑い声 ’にも無関心だった( 最近よく通り掛かりのタイミングに咳払いをするような若い子があったが、私の他人への無関心がわからないのか、街に緊張しやすい未然の子たちかもしれない。私は街にはルートとして利用しただけで、若い者たちから卑近なタメ顔みたいな態度を押し付けられるとは一度も思わなかった。
以前のそれらは結局私自身の要求に拠る‘ 引き係り ’だった。それらは長らく“ 連中 ”だったが、文字通り‘ 私の連中 ’だった( グループ的な虐めだと想い込まれた )。
私は遂に私の体をできるだけできると、最早だれかのマスプリントを必要とはしない。 〕

2016-11-03: 夢見の基礎
ある幼稚園か学校のような施設建物の外囲い一部に出入口か凹みがあり、そこに金属製の大きい緑色風車みたいな物が縦軸に回転するような形に付いていた。それがあたかも強風に飛ばされたかのようにあかるい空中に舞ってそれから( その剥き出し地面に裸の部族を想わせるような男たちが居るところに )急に落ちた。なにか風習ででもあるかのように老人の遺体みたいなものが立て掛けられていたが灰色に乾燥していたのか割れて破損した。その老人たちのひとりが落下物の所為だとわざわざこちらに言ったのだが、私は‘ まるで夢のようだ! ’とわざとらしく声に出して言った。( あるいはこの台詞は別の場面で不意に口先に出たもののようでもあるが、その私自身へのごまかし加減な言い方だと思えばおかしい )。

私はこの‘ 夢 ’後で今朝のうちに‘ 夢見の基礎 ’という概念を実行している。( 私は20年ちょっと前に簡単なタイトルとしてこのワードを用いたことがあったのだが、そのときには私自身への試みを言うような主体ではなく単に参照的な言い回しとしての意味合いだけだった )。
‘ 夢見の基礎 ’は私というベースを保ったまま‘ 夢 ’に視る( 眠って‘ 夢 ’に乗るのではなく、私に夢を乗せる )試み。