2025-03-18
“焦げつく”もの(焦燥すべて)老化因子となる?
..こう記したとき私は昔なんどかカレーライスなどを“食べ損なった”遇ったのを憶い出した( ..カレーライス“ おかわり ”きけん- )-“ 熱中 ”の意味も?
2025-03-19
今日“おはなし(言葉)予告”でひとつ当たっていたのは,あるペットボトルのカフェインレスコーヒーについて( 私は何回か一本ずつその特定商品を買い足していたが,“ 2025.12 ”期限表示のままだった )ようやく“ 2026.01 ”に代わっている-という一言だった。
今日昼頃までのあいだに一度そう“聞いた”のだが,どのみち必要な買い物だったので私はそれには当てにしなかった。夕方過ぎ,いつものように裸足で小走りついでに“ コスモス ”行ってみたら,あのときイメージ想起にあった商品棚に,“ 2026.01 ”置かれてあった。
..あとでは“このまえ近所もう一方の店舗で見たときその商品の数が少なかったから,そろそろ次の消費期限入らんと-”という連想的な見込みだったのかも知れなかったとも思った。 しかし,この言い回し自体が過去時点でのリアルタイム-印象として“合成”されていたのかも-?
そう言えば,前回そのもう一方の店舗でだったか,以前何度か買い求めた108円バゲット( 一見フランスパンのような長い物で,昨年99円だった。味は薄いが私にはマーガリンの使われていない点だった
)目が向いた一瞬,それらがやや暗く小さめにみえた。私は一々それら袋に触れて見ようとする慣習だったが,そのときにはそれ以上見なかった。それら物自体-焼き加減や分量調整でなかったのなら,錯覚だろうか?
今晩“ 死は予知できるか ”と読んでみた頁に,ちょうど.,昔ハーバード大学の心理学者チームによる研究で,ある貧しい地域の少年らが経済的豊かな地域の同年齢よりも硬貨の大きさを大きめに想像する傾向があったと書かれていた。
もし私がもっとそのパンを欲しかったなら,それらは大きめにみえていたのだろうか?( 私は毎回それらのサイズをひとつずつ比べては買っていたので,身体的に選ぶ際にはそれらの総じて小さいという視方には無かった。
但し,実際その焼き色がやや強めでわずかに小さめの時も遇った。そのような色形サイズについて,一見心理的にみて認識可能の現象が起こったのだとしたら,むしろ私が既にそのバゲット等に面白くなかったからだろう。)
(身体的)見かけの変化,身体的感覚の変化( イメージの変質-? )
カテゴリー: 視覚的印象(感覚)変化,視覚的印象(感覚)変化+
2025-03-21
夕方,例のように“第3金曜日”想い出さなかったので,裸足でK図書館まで行きかけて(-県図書館でなら検索メモ作業ができる-と)そのまま名城公園方向へと早足でいった。 ..右側に“受け”が無くなったのはいい( 右手中指と薬指との間-? )なにか自転車少年らのひとりが唐突に“ 不安の顔- ”と発音したようだったが( こちらのおはなしによれば
)“オバサンら”のことだという。..もしその子自身の問題だと言ったのなら,路上に限らず事故率たかい。すでに陽は落ちて“私”人影の顔も何も無かったが..
“ 交感神経と副腎の負担 ”といったワードで何度か検索しかけていた。( カフェインに関しては,あるページに, )イギリスに於いて,ある調査に拠れば,継続的なカフェイン摂取の量に依って,“ 反応時間の短さ,言語記憶の成績 ”が良くなった-と記されていた( 具体的な数値引用されていなかったので,どの程度かは不明.
)-だが,カフェインが無ければ能力的に落ちるという意味でなら,お酒が無ければ楽しくないという言い方と同じく,脳神経的にひびくような依存症など無い方がいい。
私が昨日読んだ“ 死は予知できるか ”の頁に,1967年ストックポートという所での廃墟に墜落したという飛行機の事故( ある予知者によって数週間まえにその様子などが場所不明ながら連絡されていたという。)その飛行機は住宅等には落ちなかったそうだが,変電所と満員だった3階建て駐車場に衝突した-と書かれてあった。 次の夕方,私は初めて“
..変電所での火災に因り,ヒースロー空港が停電の影響で欠航等.. ”といったTVニュースをみた。“予知”活動とは無関係だが( あのページ読んでから間が無かったので, )変な遇然みたいだ。
[ ..あとで( 事故原因に何か書いてあるのか-と )BBCニュースからの翻訳ページ上で簡単にみた。“火災”というだけだった。
今日のその記事見出し等で,“ 世界幸福度(国別)ランキング ”面白いことに,( 引用;)この調査では、見ず知らずの人は、人々が思うよりも約2倍親切であることも明らかになった。ところが,家族的な幸福感によって上位ランクインした国々もあるようだ( “家族星”? そのような傾向がどのようにどれくらいの期間であらわれたのか,そのトップテン表には一見何も出ていなかったが..
)
“ 香港人の長寿のひみつ ”で今いちどサーチしてみた。]
2025-03-25: 気温
先週から“気温”と起こったような感覚。それは単に温度の上昇といった関係よりも,例えば植物の交代にみられるような成育の動体である。今日はじめて路上にキュウリグサの小さな小さな花( あのわずかに青い色と目につく- その名称どおりの匂いだった。)私は図鑑のカラー写真で特徴的に憶えていただけで,今日本当に摘んであとで調理してみた。
冬以来ヨモギは匂いの弱いものばかりになっているが,それも花の出かけたハコベ等と,手にやわらかくて幸せな感触だ。いかにもマメ科なつるの絡んだカラスノエンドウも,いつのまにかあの特徴的な赤紫の花々( “蝶形花”と呼ぶらしい?
昨年5月末か6月初め頃だったか,食用雑草について急速充電しかけて近所河川堤防へ見に行ったときに,そこでビギナーズラックかのようにナヨクサフジ数本の紫と青っぽい花々みかけたのを想い出した( “唇状花”? )あれ以来見当たらなかった。
そういえば,あの辺にオオキンケイギクの花が幾つか出ていたのを私というより本能的にか一見摘んでみたくなったのも一考のきっかけとなった(
インターネットで調べたところ,生の状態で抽出するにはやや有害な作用がありそうだったので,私は当時発酵させながら飲んでいたジュース類の発酵種に一緒に漬け込んでみた。そのあとの季節に,その若い青葉だったのか直立的に生えるまとまったものもあったが,かなり煮てもそれが苦かったので(
ヒメジョオンにもオオバコ系にも二度と食べる気が起こらなかった。あるいはスミレなどと同じで生物的には花の開いたあとではよくない物かもしれない。生殖が済んだからすぐに枯れるとは限らないのだが.. )虫除け用に使えないか-と天日干ししてから置いてみた。)
今日みかけたついでに検索してみたカラスノエンドウなどについても,調理して食べようとしたという画像つきページ等があった。それもマメ科の例によってレクチンなど含まれているので,大豆みたいに発酵させてみようかという案。
私が意識的に手足を小さく狭く緊張させるのではなくて,あたかも身体これ自体と伸びをして,堪えや焦りの部分であった旧来“自身の”ものと(ここと)放すべきだ。
2025-03-29: “わらい”と翻訳( たとえはむつかしい? )
私は夜間お湯を沸かそうとき卵殻の挽いた顆粒状を少しずつ足してみるのだが,毎回沸かしてみてもそれらが殆んど溶けないで残っている。
夜道で再びあの少年たちかのような( 毎度私の通りかかった直後一瞬, )まるごと発狂笑いみたいなものが上がった。最早なににも“対面”しないだろうし,路端女子集団ごとの“からあげ”にも私としては無くなった。
見かけにはどれも偶然の少年らだけで,私からは今更“かられ”にこちらの売り込みを惹起するような意味合いも無かった。もし人的惹起というものが可能だったとしても,それは小鳥がウンと答えるのと同じで,ニセモノに過ぎなかったのだろう(
-“致死的”という言い訳が遭ったとしたら,またそれに自らのベースと間違えたが為に,まわりに致命的な“侵害”と言ったかもしれないが,人は本当に自殺を図るのは無理だ。
私は2002年以後の何年か海外旅行に使う筈だったリュックサックに練炭を隠し持っていた( ..“ピレネー山脈の向こうで消えるつもりだった”-と話したことは遇った. )もっとおかしいのは,“ ワルキューレ ”という映画にみた(
フューラー暗殺するための将官たちが突き止められてしまった例で,Kブラナーだったか,そのうちのひとりは捕まらず自ら林の中で自身喉に発破を押し当てて-という場面が遇った. )-すごいな!と感心し( カッコよくない-? )あるわたしなら全的告訴ついでにナコヤ駅前雑踏でやってみたらどうかななどと想った。[
それらは右足の弱さとの問題かもしれないと(私は)思った。しかし,“過激な自転車走行”であった時のほうが余程死にそうだった。)]
何週間か左肩あたりの(腕を動かしにくくなる程の)痛みだったが,今日昼頃私の両手薬指-中指間と両眼下表面の弱まった脈とを内から連動してみようとアップを試みたところ,両脚の基部- 腹筋・腰部背筋とも(昔感覚したあの‘ 気-体 ’かのように)律動一致できたので,直後いつのまにか左肩側との痛みは和らいでいた。
ひょっとして中年以降の神経痛みたいなものかもしれないとは思っていたが,心理的にも修整修理可能だろうか。
私は昨日今更またあの映画とのたとえなんか書きかけて-と思ったものの,じつはそのたとえもこの“感覚”との点訳だったのでは?と思いついた( あのブラナー演じたシーンに決め台詞が無く無言の最後だったのは,なんか喉を使えなかったという,たとえだったともおもれる。)
これ自体といったが,みかけのヒト言葉や姿とは無関係であったというべきか。 -あの“笑い”自体,別のなにかからの異訳かもしれないのだ。
:fファイルの方に“ 死は予知できるか ”と要約してみるつもりが( 日記採録6, )別タイトルに更わっていた。こちらの視覚的印象(感覚)変化カテゴリーに繋げることもあったので,わるくない頁だ。