通常の夢記録


付記 2016-12-11, 2017-04-08 改訂:
〔‘ ゆめをみよう ’というふだんのこころみはしっぱいした( 私の観念自体を夢みるような言い訳にはできない )。観念的ものが自身に作られるとそれ自体の発生が‘ 夢 ’に阻害する( それ自体と私の視点とを錯乱させてしまう )。もし‘ 夢 ’自体であるなら‘ 私 ’は不在だ。
受信機・分析機ではなく、原動機・ジェネレーターである、と私が書いた通りに、私は自転車で“ 都会 ”ポイント等参照をやめたようにひとつの走り出しをアップした( ‘うんどう’記録等 )。また、自転車とは惰性滑走を楽しめる乗り物だったが、それは私の生活態度そのものだった。しかし“ なにかの為にペダルを漕いでどこかに向かう ”のはひどく難儀なことだ、それらは私の両足うんどうではなかった。
私自身を一致しなければならない( この点については随時本編中に記述あり ) 〕。

以下は睡眠-夢記録・日記等本編:( 新しい順,従来の分類として自覚夢・明晰夢とされていたような‘ 夢の表れ ’にも、ここでは最近( 私の行動自体の有る無しに )不充分とみて通常の夢記録と収録した例がある )。

磁器と粘土

2017-10-09:
( 私が‘ 夢に視た ’と思い込んでいる青い外観の小店舗。幾つかの四角い窓のような部分と入り口は隔て無く開いていた )。私は‘ これは存在する場所だったのか ’と思いながらその中に踏み入れてみた。幾つかの展示台等に大きな白磁がひとつずつ置かれていたが、描かれていたのはどれもへたな子供の絵のようだった。私服-店員のような数人も振り向いては黙っていた。私はすぐに出た。

( 大きい街の駅前か昔デパートメント・ストアー入り口でのように人数が多くその屋内-階段状-通路に途切れ無く下りてくる。若い婦人たちの何人かが私の方をみて笑い声を上げたようだった )。私は階段下に私の自転車が半分だけフロアーに出たように停められてあるのをみてそれに乗った。
私は住宅街-団地に在るような小さく右に左に迂回させるかのような誘導通路みたいな所に私の自転車で乗り入れた。待合室のような囲われた空間に、( 包装されたクッキーかなにかのプラスティック・パックを想わせるような )クリーム・ベージュの袋がひとつあった。その袋には‘ 見覚え ’があった。
〔 あとでもう一度その‘ 袋 ’と同じ型のものだけが縦にみえてそれがその底に近い部分だけ赤色だった。その赤がチェック柄のキルトと想わせた。
その袋とみて私には‘ まえの夢でみたもの ’だと覚えがあった。私は計3回みたのだが、最初のひとつには不明。あたかも‘ 夢 ’にみたといって直後別の場面にありながら覚醒してはいなかった,あるパターンだった 〕。

夜,あのセキセイインコ・イメージなんだったのかと今一度それ自体に‘ 視る ’ように視ようとした。その鳥というイメージに変わりクレイの乾いたものみたいな水滴型( 頭が丸く後ろ細りの )だった。私にはそれは以前私が“ 体外離脱体験 ”しようとしたが室内に起き上がれなくて無理に私の両目を開いてみたらその室内片隅に“ のっぺらぼう ”!ときの印象と似てはいた。私は最近も私が‘ イメージに視よう ’とする度にそのような像が在ったので、あの‘ 夢に表れた白い素材 ’のような可塑性のものだろうかと思ってはいた。
〔 私は先日偶々インターネットで最新映画予告編ビデオと称して“ IT( イット )”いう古いタイトルどんなんかと視た。昔ビデオ“ IT ”には、ある排水口からコマ撮りクレイアニメみたいに“ お道化 ”が出てくるという絵があった。私が連想したのはそのシーンと、満月に浮かび上がるその顔というおなじみの画面イメージだった 〕。
そういえば、私が先週書いたような‘ 石の室 ’イメージ( それ自体の材質に拠りその床からの円い盤が噴水栓というよりは受け型まんなかに穴と化した )は、あの地下槽みたいな印象に象徴的変形が加えられたのようでもあった。しかし、その形態は( あたかもその観念-身体的な )その機能-象徴だとしても、その‘ 石 ’という硬い材質っぽさには不明だった。

2017-10-10: 
寝入り端まえ,道路上の直進方向に左から右へと素早く走る白い霧か靄のような( 馬のような生き物っぽい )動き。あの‘ 道路イメージ ’と違う点は、あたかも横断歩道側の視点で視たかのようにその道路面が左右に180度だった。寝入り端に同じように左から右へと素早く動く靄みたいなものはその前夜かそのまえにもみられた( 私は時折のそのような表れには‘ 白い影 ’と言っていた )。今度のそれも一瞬で視覚的な像というには弱かったが、予め“ 道路と横断歩道-標示 ”がみえたという例外があった。

・停まってなにもしていなくても‘ これは夢 ’という。寝床では体が余り動かないので、うんどう最中での条件付けよりも効果的。

・目の前の‘ 網 ’とみる( 光景そのものに捉えない )。
今夜私は坂道に上る途中( 私の視界に寝入り端によくみえたような )粒子状ノイズみたいな動きをみた。私は決して対象的に光景に視るのではなく、私自身のその‘ 網 ’にみていよう( ‘ 夢 ’に意図しよう )とした。私は無理には動かなかった。

2017-10-11:
○ 私は‘ 明日の時間に先行予見してみよう ’,すると縦に蛇行-形にヘビの輪郭か両手付きのトカゲの絵が一瞬みえた。

・すべての観念的ものをやめる。‘ 夢見-実践 ’だけを意する。

2017-10-12:
・‘ 私 ’先生( もし私に非同一のグループが在るなら私は私が先生であると全員に納得させなければいけない )。

2017-10-13:
私の中に言い逆らいという対立が在るうちは起こらない。喚くだけの子供ではなにもできないように、集中・再起できなければ駄目だ。

○ 〔 夢に対しての覚醒が無かったという点では非-明晰夢だが、久しぶりに純粋に夢っぽい合成等とみられるようなイメージが在ったので、記録する 〕。
夜景,暗い街の一方に見たようにその視界左端にやや緑色がかった惑星のような球体上部が見える( その左半分なにか建物に遮られているのかみえない )。その表面に頭蓋骨部分みたいに想わせるような凸凹があった。その視界の真ん中( 真っ黒い夜空 )になにか渦巻き星雲みたいな白っぽいものがあるのかと視ると、その静止している渦巻きのような形には幾つか人工的な窓等が( 夜アパートメントか団地正面にみたような,個々にその灯りなどの様子は少しずつ違うがどれも均一の大きさで、しかし建物の構造というよりは窓等だけがそれに沿って半ば一緒になりかけたよう )点々とみえた。私の左背後に〔 昔子供用の遊び場でみたような白っぽいコンクリート製ベンチに 〕ショートヘアーに普段着の婦人ひとりが掛けていてうつむきがちに私になにか言いたそうでもあった。私は私の視界左端にその姿を視ながらも黙って背きがちに離れようとした。
〔 “ 惑星 ”のイメージは、私が昨晩“ プシケ ”と呼ばれる金属天体と目される小惑星に関してのテレビ番組を視たのが影響したのだろう。しかし( 私はギリシア神話の“ プシュケ ”には知らないし、夢の場にみえた“ 女性 ”を離れようとしたという点では )“ 骸骨 ”のような特徴は緑っぽいけれども色気を持たないという私の象徴だった。あとで自転車最中に私は夜景に古いアパートメントなどを一瞬みた。その点灯窓等はそれぞれ青っぽくみえたり暖色っぽかったりと微妙に違いがある( 案外,点灯していないようにみえる窓数が多かったのに私はまるで察しもしなかった )〕。

視覚的印象とイメージ

2017-08-22:
夕方ひっきりなしに雷鳴があったので私は河川堤防まで眺めに行った。ある落雷の一閃に視たとき私の眼のシャッタースピードが足らないかのようにその光が破線-連続状にみえた。何度か小さい落雷-直後に雲側に指先等を拡げたような雷電が走るのがかわいい。

2017-08-23:
深夜、私は寝付こうとしたが、あの雷電のしきりに光る様子がずっとあるようで、暗い室内に私の両目を閉じていてもそれが印象的にちらちらしていた。不図、玄関の方が気になってそちらになにかあるようにその昼間のようなイメージみるとそこに母方の祖母が生前の少し若いめの姿で上がってきた( 午前4時まえ )。
( なにか親類みたいなひとに事情があるのだろうか )意味わからないので再び寝てみると先だあの雷の視覚的印象-同然に微かなフラッシュが左に右にある。

階段上りに突然足を踏み外しかけたかのような一瞬-夢? 両足が跳ね動いた( 午前5時頃 )。
雲間-光の枝が拡がり明滅したような昨夕のままのイメージ( 午前5時半頃 )。

本山_八事-4周( 約26km ),なるべく疲労にしない漕ぎ方はわがものになりつつあるが、そういっても私は未だ自転車最中に発射するには至らない。更に一周できそうだったが午後10時まえに切り上げた。途端,雨。
〔 この晩にも本山付近に怪しい声掛けや拍手の印象はあった。私は差し向けなかった( あたかも他者自身-呼び捨てのような態度をそれ自身に拠って自動終了するべき )。私がもし私自身に外的刺激に依って動かそうとすればまた余計な反応がおこる。私は純粋に私の両足自体に拠って漕がなければいけない 〕。

2017-08-24:
私は14時過ぎまで日焼きしていた。途中、私は私の右手親指に( 左に比して )緊張が無かったのだと気付いた。私は私の右手側に避難があると推測にはできるが一体なにを避けたものか?とは考えられなかった。
ある時点で私の光熱が太陽のそれよりも増したかのように外の日差しはそれまでのように強くはなかった。

2017-08-25:
私の“ 性欲 ”は夢の発生原因そのものではなく‘ 夢 ’に対して注意を向けさせる“ ハードの存在物 ”との関係だと思った。なぜなら肉体の“ 手 ”と同じように、だれも肉体自体を完全にやめることはできないので、これらはひとには厳然とした神のように働くのである。だから‘ 自在の神 ’には対象をするような夢見が無いのだろう。しかし‘ ハードと自在 ’行為には包まれたり抱え上げられたりというような外来-目当てなどは不要である。

2017-08-26:
学校-教室内の教壇に近い所に私ひとりだけ立っていた処に女子教員かなにかが来たので不意に私ひとりが前に立っているのは妙だなと。しかし私は‘ 私は構わないじゃないか。’ 
〔 私はそこになにも思わなかった。責めるような問題も無く、私はしずかだった 〕。

ふしぎな標識 ( 知覚と印象自身 )

2017-08-12:
“ 執 ”という漢字がその要だった( その夢のあいだ常に“ 執 ”という文字に考えようとしたが、その下に“ 虫 ”という字が付いた処では私はなぜだか“ カニ ”と読んでいた。私は“ 蟹 ”には食事用の両腕があるから“ 執る ”という意味合いでもあるのかなと思った )。川下りのような場面ではその水面下のきれいな間近に白っぽい横倒しな船の舷がみえたが映像としては明るく清潔な印象だった。
夢自体に不思議とおもい続けることが夢での明晰さになる可能性があるように、夢-最中に私の視点-高めるにはこの“ 執 ”の字のような( これについて考え促すような )ふしぎな標識があればいい。
〔 “ 執 ”の漢字には“ 幸 ”と“ 丸 ”という要素として見ることもできる 〕。

2017-08-13: あしながさる

昨夜帰ってから鏡に視るとむしろ私の両足は無くなっていた。なにがいけなかったのだろう? 私よりも路上ルートに求めたから? 檻の中の雄叫びききたさに? もっと‘ 両足伸ばしてで掴もう ’という機会があれば。そうだ!私の両足でものを掴む夢というのを意図してみよう。

{ 私は上り角度が甘ければ私の両足交互に自然に体重で下ろすようにすれば両腕-引っ張りを掛けないでハンドルに添える程度にできる。このときこの両膝がハンドル中心軸の左右にふれる位置に来るように体を前方に寄せる。 }
そうしているうちに( 私が何年も他人と信じていたイメージ印象自身に私のおはなしと同源だったとみたあと )“ テレビおかま集合 ”もいなくなった。

2017-08-14:

私は午後-夕方始めに平和公園口に向かって上り下りした( 私は既に東明町への間で‘ おじいさんの半身遊泳 ’漕ぎを試してみたので,その要領で比較的にパワー押さずに済んだ〔 ,その先の急な下り斜面,青信号だからとスピードころがししたりすると,その右側-東明町6丁目方向からの突っ切り自動車と激突死するおそれあり..私は今夕下り斜面等では更に慎重だった。〕)
その付近でか、犬の噛みつくような吠え声があったのだが、その直前-私の身体に奇妙な緊迫感があった。一瞬その直後,まるでその緊迫感の原因であるかのように犬が吠えたので( 私は視認しなかった, )いつだったか“ あの少年たちの叫び声-直前に,私が寝床で私の胸に痛みを覚えた. ”と似ていると思う。しかし、動物的ななにかがたまたま感じられたのか,私の“ 予感 ”機能か,別の原因なのか,わからない。
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帰り際に,私は広小路-葵-交差点にて19号線上に近道するか西側へと回るかと“ 少し行き迷った。”,そして私が一度19号線側へと振り返りみた一瞬、そこになにか声に出して女子2人がこちらにみた。私は自身に“ ぶれ ”を持つことはこのように余計な遠回りだと思う。“ 意識がそちらに向く ”ということは、既にここに一体が無いも同然だ。
私は“ 先生 ”だったが、それで“ ケイジくん( 東山動物園 )”呼ばわりを否定してもいた。そして当にそれが( “ わたしは格好よい ”という言い方が一方に格好わるさを招くというような,“ 集団敗訴 ”の )原因であった,“ ケイジくん ”であり,“ ぷるぷる大人のくらげソーダ ”であった。
〔 私はこのような例をカルロスカスタネダの本として想い出せる。彼のドンファン-マトゥスとの会話( 呪術師の一喝 )は彼自身の非難がましさ・受けという本質として殊に晩年カスタネダ批判という形容になっていた。 〕

〔 私は今日ちょうど私の右半身の弱さはこれに比して‘ 前向きに一致することができない ’だと気が点いた。要するに、右側は時空的に逆行していてこの現在には無い。〕

しろい塑像

2017-08-04:
人工的な石製のテラス広場のような所に学校生徒女子のような者たちがいた。私はそのうちのひとり( 昔の同級生,ポルターガイストに関して )に‘ 誰かの思念がこちらに向けられるのが原因かな? ’と尋ねた。〔 彼女が答えたかどうかは記憶に無い。そのあとそこを離れたように一方に進んでみるとその先に数人が緑色の背景か暗い中に去っていくような姿がみえた 〕。

両足うんどう帰り路で一度‘ 白い頭部塑像 ’みたいなものがみえた。〔 一瞬それはマーティン・スコセジ監督“ 最後の誘惑 ”に1カットだけ写るローマ人-彫像・顔面のあれだった。( 後日ビデオに視認し直して視た処、その映画では灰色の石像のような顔アップとその武将姿を想わせるような格好の絵だった。私の印象では石膏像のように白い面で、もっと頬の痩せたような顔だった。私はそのイメージとは別に先日そのビデオにデヴィッド・ボウイのあのピラトの一見平然としてみえる台詞部分の横顔をきれいめにみたのだが、そのことは誰にも書かなかった )。私は最近‘ 夢 ’意外の場面でこのような素材とのイメージみることは無かった。先日私は私自身の統制を執ったという意味でローマ側だったと思った。しかしそれも象徴像であり、遺物であった 〕。
・前回までの‘ 白い素材 ’-夢・イメージ記録等: ( または、‘ 明晰の夢記録 ’ページにて )。

午後、全身の神経に集中してみる。

2017-08-05:
自転車にも気張らない。
今夕もう一度うんどうに出かけた。ルートもなにも面白味ではなく、ただ私だけがひとりでいられればいい。

2017-08-06:
一切“ 外界 ”に持たずにルートできるかという課題は、‘ 私の夢見 ’にとって更に重心である。

うんどうルート,八事日赤病院北には通らずにその周辺に回るという初ルート( 山手通1_名古屋大学南_楽園町_滝川町東_山手通3_高峯町_山手通1 )。楽園町からグラウンド沿いの上りと山手通1に下りての高峯町へのターンはちょうど立ち漕ぎでの上り角度が合わないのか難しかった。〔 立位歩行-体勢では一定角度以上の上りには耐えられない。私はサドルに掛けているときの体勢に近付けるように腰を下げて両膝を少し前に出すようにしながら漕ぐと比較的動ける( 両腕には負担があるのだが、同時に体重の掛け方に拠っては後方への引っ張りを軽減できる )。但し両手両足にいっぺんに力が掛かりすぎると、つらい 〕。
このルートでは路面等の幅が足りない。逆回りに一周しようと先程のグラウンド沿いへと上がる途中にはトラック1台と乗用車2台が停まっていてその傍に警察官がいた。

夕方、私の帰り路に今度は名城公園沿いの“ トナリノ ”傍でなにか拍手で通り掛かりに空買うような振りの部活ウェア姿の集団があった。歩道上でのいきなりな“ 拍手 ”や“ 唾吐き ”などには私は一度も前兆は無かったので現象的という言い方は無かったし、私には心当たりはまったく無かった。ただ、それらが私の傍で繰り返された時期があったのは本当だ( 私はひとりきりのジョギング・ランナーたちと同様に路上での一方的な挑発には一切無視している。私のひとりをかち割ろうとするのは‘ 夢見の実践 ’を破壊しようとする側だというのが従来の主張だった )。
地元はもう鎮まっているだろうなので、他の地方からの練習生たちかもしれないが、私は彼ら自身に私への問題があったかどうかは分からない。

2017-08-07:

午前10時過ぎ、名古屋東には小雨だったが13時頃までは台風5号の引き込み側には掛からないという予想だったので、私はその間みて昨夕の通り路を今度8の字を描くような順で回った( 山手通1_高峯町_山手通3_山手通1_楽園町_滝川町東_山手通3_八事日赤病院北 )。

結果的に私は私の右こめかみに未だに動かない部分があると認識した。この部分には強く触れるに抵抗というか恐がるのようながあり、私はここにタオルやブラシや私の右手で( そのこめかみの抵抗感に確認してみるように )触れてみると同時に別の記憶-問題があるならそれが解放されなければならないだろうと思った。

2017-08-08:
明晰夢にはならなかったが、ひとつ夢らしいイメージがあった。旅先( モンゴルかどこかの古い小バザールといったような界隈 )で、どこにも連絡が付かない、どうしたら良いのか分からないという状況。不意に絵に描いたような( 三日月のわずかな端が光ってみえるときのような形 )大きめの日食なのかその丸の輪郭も周辺も黒だった。
〔 未だに一体感が欠けているのだろう。それとも先日‘ 私ひとり ’という言い方では不潔の域だったので‘ ひとつ ’でなければいけない。完全な“ 日食 ”のときに起こるのだろう 〕。

2017-08-09:
私はすべてがニセモノであるとしった。
私は“ ストリッパーはストリッパーでないひとよりも平均して寿命が長い ”と読んだことがある。今再び‘ 内圧 ’を高めよう。しかし太陽に曝されるよりも太陽自身であるほうが痛みにくい。

今朝の夢の場面には理解可能な点がひとつも無かった。ある邸宅の中に歩きながら視ているようだった。薄暗くて無人だったが、屋内の調度などはかなり高級な印象だった〔 その場ではそこが世田谷事件の家だということだった,似てはいないが 〕。
外に歩き出てみると黒い年代型リムジンみたいな乗用車等が( およそ20台程,前後2列すべて黒 )こちら向きに停めてあった。その路上の反対側-右から白いハンチングみたいな帽子と白いプリント柄シャツの若い男がその少し長い肉質あるような両腕を変な風に両側に振り上げながらその後のもうひとりと急に走り込むように迫って来るのがみえた。私は走りだしながら彼らを避けて住宅地をどう遠回りして元の所に戻れるだろうかと考えていた。
ある所で彼らの代わりに萎れたような長髪に黒っぽい両目の若い女が私の前に近づいた。私は‘ Aさんですか? ’と繰り返したずねた。彼女は私の左側-壁面に浮き彫りの横並びに少し太い文字みたいに“ ア二一二三四五… ”と片仮名・漢数字等-連続しているのを示した。

ブログ更新帰り,久しぶりに午前中からほぼ晴天のまま午後4時過ぎに暑気もかなり、自転車上で不意に私は左胸になにか着いているような感覚があるのを‘ 小学生の時の名札バッヂだ! ’。夏の暑さ( Tシャツ感覚 )記憶だろうか。しかし、冷静に見当を付ければ、名札バッヂなどは通常-右だった? 

2017-08-10:
私がこのまえ述べた私の右眼付近‘ 動かなさ ’は原因不明だ。右側の‘ しくしく ’感とでも言ったろうか( 実際に右側に痛みがあるなら神経的原因かもしれないが )、こちら側だけが張りが弱く、それゆえに心理的問題があった。この‘ 萎縮 ’がずっと以前になんらかの理由で感覚されたもので体の記憶化されているとしても、原因がわかればリセット可能だろう。例えば幼少期にだれかに無理やり体を引っ張られたり強く掴まれたりするとそれ自体が痛みや後遺症のように残るのだとすれば?憶いだすか少なくともそう想い込むような理由があったと思い至る。
しかし私は小学生の時には( クラスメイトには‘ 自作のルービック・キューブを作りたい ’などと言っていたが )一度もルービックス・キューブがやりたいとはおねだりしなかったように、自ら‘ この両足は伸びたい ’とは言わなかった。

今日うんどう中に私は‘ 哀切 ’と言った。しかし私自身に哀切が無かったのか、やはりいやらしい目線を向けるような婦人らがいた( それなくて私は漸く一度も私に妨害無しに帰った )。このような自転車うんどう家はなるべく車道を行くしか無いので車両との事故が無いように慎重でなければいけない。

2017-08-11:

{ 東山動物園には“ アー! ”と咆哮を発する“ 叫ぶ猿 ”が話題だと。その名も“ ケイジ ”!“ Cage ”? 路傍の男の子たちもあれくらいにおもいきり訴えたら良かったのに。 }

雨降り午後、詰まらない。私はこの右脚を左右対称に動かすには腰-右側-端( 腹筋の下 )を引き締めないで楽にしなければならないと気が付いた。右脚の力が抜けたようで歩きが多少ぎこちなくなるが、ある型の為に無理に力むよりはいい。顔筋等が左右対称にこの真ん中に一致するまでやってみよう。

分離と悪夢

2017-05-30:
投光があればそこには陰影もある。
夜中にひとけの無い名城公園東側に自動車道を下りて行くと路面に樹木等の影が不規則に映ってみえるのが私の視界に迫るとき。そう言えば“ 影の部分を見るんだ ”とあの呪術師ぶりの著者も書いていた。

2017-05-31:

六面体キューブが揃わなくなって2日目。私はなんなのかをわかっている。暗算にそろばんの玉弾き型を用いれば容易かったというのと同じだ( 私は手先でこれをやるのが航空便スチュワーデスの客席へのラーメンしぐさみたいでいやなので数値だけを扱えたらよかった )。
‘ さっきキューブのこの辺のピース等を入れ換えるのにこちら向きに回したから今度は逆に回してみよう ’というのはそのパズルに対して予想イメージではない( コンピューターにさえ瞬時にこれに何通りもの入れ換えを試すようなアルゴリズムを要するだろう。私が以前読んだ記事にはルービックス・キューブ各面に垂直回転軸等で制御するような一種のロボットとコンピューターとで1秒程と書かれてあった )…はたして全面合わせる? 
ある慣習的な‘ 回し方 ’に過ぎなかった( それでも毎回1時間内に出来なかった )。手癖は私になにも生み出さない。
私の以前日記に書いたように初めて六面体パズルが‘ 揃った ’とき私はそれ自体に注目してはいなかった。私はどうやったとは判らなかった。

{ 路上での女の子グループ等に拠る集団虐待の痕跡は次第に影を潜めていた。私は私が‘ 私という先生 ’であることを完全一致させなければいけない。私は潜在的グループに対して長期間‘ 即時-徹底的せんめつ ’を呼び掛けていたが、特に私に対して昔から外部に行われていたような“ 笑いを取りたがっている ”という逆の集団的-風評は私には原因不明のままだった。もしそれらが“ ~ちゃん・~くん ”呼ばわりの安っぽい小中学生時代にあったのなら、私は“ ロック ”と言い代えられたような他人写しの子たちを永久に抹消しなければいけなかった。
しかし、私が‘ 人権破壊の問題 ’として図書館等に文書等-提起していたのは、これらが確実に人命を冒すと思われたからだ( 特に他人名義を軽いうわさや遊びのタネにするような者たちは処分されなければいけなかった )。ところが、例の鶴舞中央図書館も北図書館も答えていない。昨年夏以降“ ボイコット ”は続いている〔 これらは原因解明ではなく例の“ 真相追及 ”であって迫撃の方向はあらかじめ注意されていなければいけなかったけれども 〕。
例えば地元の小学生・中学生たちの異常行動には私の人的被害に関して理由説明の会が行われていない( 未だにその子たち自身に拠って正当に言動化されたという形跡は無いので、私は彼らを確認できない。私の側が張り手を放棄したので私は一切関わらなかったが、このようなことは彼らが改心したとしても今後何年も彼らへの具体的な素行調査のような形で影響し続けるおそれがあったので、私は意地悪に言うのではなく経験者として注意を促したかった ) }。

今朝の私は寝床にも落ち着きながら“ 分離 ”していた。ある子どものような言い方が( あたかもそれ自体が私のエネルギーを利用したとでもいうように )私には対向するような物言いだったが、私は昔から悪夢の印象にそうしていたように、私の両腕を使ってそれをひとまとめに( 純粋に私のイメージとして )燃焼しようと試みた。
同時に私はその“ エネルギー ”を私の両足促進に利用できるのではないかと回してみた。沈黙は無音である。

2017-06-02:
明晰夢という用語は忘れられたかのようだ。昨夜のうちの一度だけ、私の両目蓋を閉じて寝床にいるときにカメラのフラッシュがあったみたいに一瞬その全体が光ったようにみえた。以前の私が明晰夢・自覚夢の兆候として記録報告していた頃のそれらはあたかも‘ 遠雷 ’を想わせたように微弱だったが、私はこのまえの日記に書いたようになんの形とは分からないが四角い光のようでもあった。
このようなとき私の脳になにがあったのかは分からない。問題は、これらがいつも私の心理的な反応・表れなのかそれとも本当に( 夢見を可能とするような )夢自体の発生する条件と関係あるのかどうか? 
私は見続けなかった。

その夢の場面はなんでもなかった。おそらく寝入り端に( 以前映画にみたような )油まみれの海鳥という絵がなにかの連想としてあった。前夜急な雨に濡れたのが原因だろうか。
道端に電動ノコギリの回転しているところになにか小さな立方形の物などがひとつずつ来ては2分されていた。それらは私の足もとにあった。私は道路を歩きだして( 多少理性的になって帰りたくなったのだろう )前方に普段とは別の方向から視たように辻の向こうに家がみえた。そのとき背後に自動車があったので私は( 路面左側に白い側線-外に少しスペースがあった )避けようとした。しかし物理的に抵抗があるかのように私の体は素早く動けなくてスローモーションみたいにゆっくりだった。
〔 私は最後に素早く動けなかったのは私が私の体が寝ているのを体感していたからだろうと思った。ちょうど“ 体外離脱しよう ”として体の部分だけがすんなりと脱けなかったという場合のように。しかし‘ 夢 ’での身体がそれ自体であるように、肉体自体の束縛というその感覚も本物かどうかはわからない 〕。

毎回睡眠後に頭痛がある。蚊などが増えているので蚊取り線香や虫除けスプレー等の対策が必須だ。これが無いと就寝不可なのだが、その線香等の成分が物理的原因なのか、私が就寝-睡眠を拒否しているからか、このまえの臨時給付金がこれらや私の栄養分になったので前ファイル集の再アップロード迄に代金が無いという懸念か。

2017-06-03:
久しぶりに就寝前に一瞬イメージがあった,なにか茶色い瓶の立っているのを見下ろしたようなアングルで、その瓶の表面にあたかも線香の煙のようなものがやや濃厚に漂うように立ち昇っていた。

あのいぬ

2017-04-05:

昼間、私は帰り道の途中で神社の傍に小さな排水溝にそのストラップ付きの犬を歩き進むがままにさせているような初老の者をみかけた。私は‘ そんな所にはどんな生物があるかわからない,そこに犬を歩かせるなんて ’と思った。その犬はその溝の中に黙々とまっすぐ進んでいるようだった。
私はそのまえに“ 八事霊園 ”出入口その通路をグーグルマップの合成画面で少しだけ視た。こんな細い通路にまでその先の画像がある? 霊園。
あとで私は‘ ああ、あの犬だったんだ ’。わけもわからないままに飲んだり食べたり言ったりするオートマチックの真似-人形。

夜,消化液が出過ぎるかのようにまた胃の辺りが痛んだ。私は再び‘ 解消策 ’を募った。自身おはなし側は‘ 母のと同じ ’と言うが、その元が辿られなければ原因は見えない。
私は殆んど寝ずの番で‘ 私は揺るがない ’と言い続けたが。
私はカッパドキアに訪れたときに、グレメ公園への歩き路で少し円形にたわんだような地面の間から“ おーい,コウシロウ、私を憶えてるか! ”と呼ばれた。その前日だったか、私が町に到着したばかりで宿を探していたときにそのひとが教えてくれた。私はそのひとは“ ジョン ”と名乗ったと憶う。その“ 畑 ”には彼の奥さんが一緒だった。彼は乾いた土にレモンのような匂いの草かなにかを育てていた。
どうして今その直前の写真的風景が憶いだされたのだろう? 

次の( 4月6日 )午前2時前、まだ体に液が排出されるが、うまく‘ 夢 ’にもっていけそうなので再び寝床にと思う。

寝つけない。
橋の欄干のような上部局面の形に並列している溝2つ,その左の溝に水が滴り流れたようにひとすじ。それ‘ 源流 ’と思われる。

朝までに私の‘ 夢見 ’を敢行することには失敗した。欧米の博物館のような施設内部を団体客たちの後に歩いていたが、わたしはドル紙幣を持っていなかったので、もし入場料金を請求されたら困るなと思っていた。わたしはすぐに出るか料金の細かなお金が必要だった。
どこかわからないが外国の町路地のような所( わたしはその光景を2回みたが、まったく同じだった )。その右手に分岐・カーヴの短い下り急勾配があり、わたしがそちらに下りて行こうとすると、観光客か、若い女の子たち数人ずつの歩きが対向に上がってくるがなにか含み笑いというよりは半分おふざけみたいな調子があるようだった。

〔 私はこの夢の後“ 最後の誘惑 ”続きを視た。再び“ ピラトとイエス ”の場面を繰り返し読もうとしたのだが、わからなかった。あのピラトは“ 彼らの人心を変えたりはしない,あいすることもころすことも同じだ ”。そして磔の場面,“ 吹き笑いの者たち ”。
私は忘れていた。 〕

目覚め( 光とインヴェンション )

2017-03-23:
‘ わたし起きている ’は消極的だった。

先週土曜日わたしは一度メモ記録しながらアップしなかった:
{ まえの朝“ 矢田川橋・矢田駅 ”付近で視たような町通りの光景イメージ。それから( その光景自体とは関係無しに )単一の黒い影みたいなものが立ち上がる、ある別のなにかが擬似的に“ 影 ”として擬装されているというような。〔 たぶん連想的に( 静止画 )“ エヴァンゲリオン ”のシンジが街の遠景上にその両目を閉じてひとり歩きだしたような処 〕。
“ 影 ”はエヴァンゲリオンでは首都来襲には直接描かれなかった( “ 虚数の海 ”というような言い方はあった )。むしろそれは人物的キャラクター表示以前のシルエットという最初の絵であった。
偶像や擬人的な視線というものが否定されれば“ そこ ”に色合いは無い。 }
:怪獣とウルトラマンの正義ごっこ( 街道というものがあるからそこにうろつくような不審者がいる、では取り締まろう ),“ 影 ”だった。この“ 街道 ”をロンドン-パリと言い替えても同じ。

私自身には今更ユング心理学的な説明のやり方も無い( むしろ私は視覚的な幻像としての“ 影 ”現象に説明を付けたかった )。しかしオーソドックスな“ 分身 ”の問題は先ずそれだった。

2017-03-24:

自転車ルート・地図データとのメタが成り立たず、私の記憶にうまく整理できないので今朝しずかな時間帯にの‘ きも-ためし ’断念。

午後夕方ふしぎな夢があった。
“ 私 ”は電車に乗ってどこかに行くいう途中で降りた。誰もいない河川敷・堤防みたいなところで、普通にカジュアルスーツ姿の婦人のような者が同時に降りたかのようにそこに歩いていたが、短いひとり言の内に“ ニシオ ”と口に出して言った。〔 私は一度もその顔を見なかった 〕。
河の向こうに一面きれいな森のような光景。河の縁に見下ろすと( 水は河とその隔たれたような部分とに分かれていた )その水辺に砂がみえるのだが、その幅に急に水深があるようで、その砂地の見えなくなる辺りにやや赤茶に濁ったような暗さがあった。幼児たち3人がその水浅い砂の上を歩いていた。私は彼らが深みに入ったりすると溺れるからと警告しかけたが、彼らは帰るところなのか砂の上をまっすぐに歩いていった〔 その場には気付かなかったが、水の流れは無く、砂上の姿にも水やその影が撥ねるような映像的印象はまったく無かった 〕。
私は堤防を越えてその向こう側に下りてみた。私は暗さに気付いて私の右手に携帯用ライトを点けたが、その電池残量が足りない。その堤防には幾つか土に直接付けられたような狭い階段状の跡( 下生えの間 )と、小さな道路のように舗装された町への入り口のような斜面があった。私はその急勾配を下りてそのすぐ近くに町内通りの一部分を視た。ちょうど角の一軒の前に町名表示の漢字等がみえた。
〔 なんという町名だったか、直後-寝床ではもう想いだせなかった 〕。

もし私が‘ 夢だ ’と明確に言えたら、その場にもう少し見れただろう。

2017-03-25: 
うんどうルート筋道化のために交差点名などを結び付けようとするうちにまた4時過ぎ,先ず私が夢見の実践に的確に応用できなければすべて灰塵だ。
昨日の夢にも私の夜トレーニングが足らなかった。今これを書いたら不意にまた路上夜景の印象があった。

2017-03-26:
4時過ぎ、小雨の止まない中をゆっくりと中川区まで巡行。“ 烏森からすもり公園 ”には烏はいなかった。そらがあかるんで通行人があったりするのでひとり深夜ツアーの面白味は無かった。
中川図書館の建物も視て後、今朝には“ 四女子 ”を通らないで六角プレートの29号線で( 通り慣れた路に )つながった。
帰って後、朝食の最中に私の視界になにか黒い細い線のようなものがちらついた。私は食べ物に髪の毛が着いているのかと視たが、一瞬それは直線のようだった( 繰り返し )。そのときの音楽はデヴィット・ボウイ“ 8行詩 ”( 県図書館に偶々“ ハンキー・ドリー ”一枚があったので )だった。意味不明だった。

吐け!ひとり

2017-02-08:
私ひとり回復するためには、私ひとり行動できる機を増やす。
今夜( 今朝 )予めルートのイメージがあると私の本番には障る。
( 昨日まで私は唾を吐く度にそれが左寄りに跳ぶので‘ 私の体が偏っているな ’とは思った。しかし、先程それが中心に修整されたようである。
私は自転車に出かけようか半時間おもいかけて後、私自身の中に訴えるものを一々‘ はい ’と言わせようと、何年も前のように私自身の両頬を殴り付けながら命じた( 今これを書いている時点では、それがどんな内容だったか分からない )。ある他者にむかついた!というような大ウソよりは私自身の責任が傷に変わりにくいのだろう。
私には体力作りよりも例えば幼児からの恨みごとをそのものとして吐き出すような原初的方法がいいのかもしれなかった。路傍の子たちが言語的に説明できなかったとしても私自身に一々その投影を訴えていたという見方も無くは無い )。

六面体パズル修整また1日間に合計数時間から小1時間ほどだった。六面全部がいっぺんにみえないと8ピース等の入れ替わり方が把握されない。詰まらなくても論理回路が伴っていないから、揃った!と言っても偶々だ。
もし私が“ 六面体 ”という幻覚でなく最初からこれ一体として扱えたら私は私自身に苦役くえきとは言わなかった。

2017-02-09:
私の中のなにかが‘ 聞くこと ’をやめた。30以前の私に戻るなら、前半ぜんぜん偽り同然だった。私は私の‘ やりたがり ’を容認しなかった。以前一度こう書いたのを私は憶いだせるのだが、生殖的欲と偶像とを利用するという文脈が私の良心的な対立という問題と完全解決されなければ、この口どう言い訳したとしても無理だった。( 私は生殖欲に利用しない )。
私は一昨日メモに私の教訓として{ 科学的探究心と良心とは擬人化されていても決して私から分離するものではない。 }と記した。他者や世界に関するイメージとは自身からの偶像・幻想に過ぎなかったもので、わたしが予め“ 人 ”という文脈を信じようとすればそれらは“ 人 ”という形自身だった。Cカスタネダ・ドンファンが語るシリーズに“ 鋳型 ”と書かれてあったのは、おそらくそのような複製を言ったものだろう( 溶かして元に戻せるなら )。
書くという作業が‘ たずねること ’と同義であったのなら、私の‘ 訴え ’は無為だった。

今朝よくない夢には室内に‘ 障害児 ’のような者が私の部品等( ボルトやワッシャーなど )ばらまいたりした。私は関われなかった。その室内の一方に長方形の氷のようなものが床にはめこまれたようにあってそれがその床下から透けてみえるような非常に美しい青色だった。私はそこに寝そべってそれ自体を覗いて見ようとしたが、その底の下にはもっと深いところに水かなにかがあってそれが前面に青色に映っているようだ。‘ これ( この氷 )がこちらの体を支えるには余程分厚いものでなければいけない筈だ ’。

骸骨の顔

2016-11-20:
私の風邪をやめなければならない。
夜、三越百貨店前の歩道でまた若い外見のにこやかな警察官たちから‘ 裸足で大丈夫ですか ’という言葉があった。
〔 私は先日14日の夕方その歩道傍に消防士たちや不思議な“ 救急ストレッチャー ”を視たのも、そこではもう想い出されなかった。私の未発表日記の部分には“ 私がその先で視たその運ばれるストレッチャーには白い覆いみたいなものが固定されたようにあったのだが、人体があったとしてもその包み自体はまったく整然とベッドメイクされたもののように清潔そうで‘ 慌ただしい現場 ’を想わせるような様子も臭気も無かった。 ” 〕。
このまえ名駅前タクシーロータリー付近の信号待ちでも聞かれた。私は後で私自身の理由があるのだろうかと不思議に‘ 靴が欲しいんですか? ’と私の本心にたずねてみた。‘ スポーツシューズ? ’
〔 私はこの日記の数日後にはもうこれを想い返さなかった 〕。
私は私の肉体トレーニングには素足の方が便利だし、今晩は昨晩と比べて気温が高めのようなので、私は内履き3枚分と元ネックウォーマーに半パンツだけで私の足先にウォーマーも着けなかった( お尻あたりにウォーマーを巻くと不格好で逆に腰に悪くするおそれもあるが、冷えは感じられにくい )。私はまったく‘ 外界そのものを呼吸している ’ようだった。もはや人間風のお喋りなど不必要だった。

2016-11-26: 放埓ほうらつと肉体

私は両足への面倒見をやめた。
何事にも無く面倒見をやめる。
‘ 伸びたい ’という両足自体の衝動を神経的ポテンシャルとして、放任する。〔 従来私の両足が伸びなかったのはそれらが性機能には重要な部分ではなかったからだろう 〕。

朝方、あたかも女が寝床の私の耳許に囁き掛けるように“ 12月まで貸してもらえますか? ”と言うような夢があった。有名演歌歌手の顔だった。
私は即お金の貸し借りと連想したが‘ 女 ’の側が生きていて私のなにかを‘ 借りる ’と言ったのかもしれないとも思った。私は最近フランスの時代風の曲をアレンジして口笛で吹いたりしていたので、以前テレビで“ ウイスキーはお好きでしょ ”の歌にフレンチ風のアレンジメントと演奏されていたのが( 私はもうワインもビールも4年程一杯も飲んではいない。私は“ ウイスキーが ”とは言わない )私の口笛の節と自動連想されていたのかもしれない。

“ 通報 ”,夢見の基礎

2016-10-30:
居間に女性ひとりがいた。彼女は外見的には英会話スクールにいたような〔 しかし特定の誰という言い方でもなく、私自身によって合成されたようなイメージだった 〕ある講師役を想わせた。彼女にはセクシャルな印象も無いままにそこに毛布かなにかと横になって寝るのを傍らにみて‘ お休み ’と声を掛けるような何気無さだった。
そこに突然若い男子6人程が入り込んできた。その中のひとりは暗く変色したような顔だった。私は電話機で110をプッシュしようとしたが、どうしてかその番号を見分けて指先で押すのがひどく難しかった。連中の2人が私の前で口接を始めた。

〔 私自身にはホモ性向は無いと思うが( その場面での私の反応は嫌悪だった )、その夢での6人に即に“ 変態の関連 ”という連想が働いたのかもしれない。居間での最初の彼女ひとりには性的な関心が起こらなかった。それは‘ 彼女 ’の無関心であるから安全でもあり、脅威は外部からの‘ 変態連中 ’だったと? 
私は街で騒いだりいたずら声を発したりするような者たちはどれも( その言葉が要求の示しであろうと拒否の訴えであろうと )欲求・関心であったに違いないと思う。私は“ 連中 ”の原因が自分自身という名の偶像崇拝だとわかった。それらが他人とは無関係にまるで勝手に私を苦しめたとは‘ 悪夢 ’のようだ。私は‘ 自分自身 ’の創作家だった。
私は街での若い集団の‘ わざとらしい笑い声 ’にも無関心だった( 最近よく通り掛かりのタイミングに咳払いをするような若い子があったが、私の他人への無関心がわからないのか、街に緊張しやすい未然の子たちかもしれない。私は街にはルートとして利用しただけで、若い者たちから卑近なタメ顔みたいな態度を押し付けられるとは一度も思わなかった。
以前のそれらは結局私自身の要求に拠る‘ 引き係り ’だった。それらは長らく“ 連中 ”だったが、文字通り‘ 私の連中 ’だった( グループ的な虐めだと想い込まれた )。
私は遂に私の体をできるだけできると、最早だれかのマスプリントを必要とはしない。 〕

2016-11-03: 夢見の基礎
ある幼稚園か学校のような施設建物の外囲い一部に出入口か凹みがあり、そこに金属製の大きい緑色風車みたいな物が縦軸に回転するような形に付いていた。それがあたかも強風に飛ばされたかのようにあかるい空中に舞ってそれから( その剥き出し地面に裸の部族を想わせるような男たちが居るところに )急に落ちた。なにか風習ででもあるかのように老人の遺体みたいなものが立て掛けられていたが灰色に乾燥していたのか割れて破損した。その老人たちのひとりが落下物の所為だとわざわざこちらに言ったのだが、私は‘ まるで夢のようだ! ’とわざとらしく声に出して言った。( あるいはこの台詞は別の場面で不意に口先に出たもののようでもあるが、その私自身へのごまかし加減な言い方だと思えばおかしい )。

私はこの‘ 夢 ’後で今朝のうちに‘ 夢見の基礎 ’という概念を実行している。( 私は20年ちょっと前に簡単なタイトルとしてこのワードを用いたことがあったのだが、そのときには私自身への試みを言うような主体ではなく単に参照的な言い回しとしての意味合いだけだった )。
‘ 夢見の基礎 ’は私というベースを保ったまま‘ 夢 ’に視る( 眠って‘ 夢 ’に乗るのではなく、私に夢を乗せる )試み。

猿の惑星は消滅した。

2016-09-14:
朝方、わたしはテレビを視たいというなにか必死的な誘惑を( 私の1のために )退けようとした。
ひとりであることは美しい。有能な個人であることとは、単に勝手に他人の家やその人生をみたように自分に想い込むこととは違う。
今朝からの私はお仕事人のようにくたびれていた( 市立図書館等へのクレーム )。最近また私の路上行き来のあいだに通りかかりの若い男子2人がへらへら笑い声をもらすということがある。私はわからないし対立しても無駄なことだと思う。以前の私は一々“ なんの用ですか? ”と引っ掛かっていたが、路上には私の反応するべきことは無い。もし嫌味で対処すれば( 私が過去‘ 仕返し ’の為に警察署で言われたように )ただ“ 嫌がらせ ”と言われるだけで、反対もなにも無い。
夜、‘ 夢をみよう ’と自身に言ってはまた寝床睡眠も無しに昼間あかりを押して‘ 街も無きもの ’だった。

2016-09-15:
昼間午後、寝床で集中しようとしたが、なにも見えなかった。夕方、ひとつだけ夢にみえたように、黄色い塗装が点々と剥げて錆がある( あたかも自動車かなにかの表面部分みたいな )イメージ。
そう言えば、寝るときに小さな正方形の黄色をイメージして集中しようとしたが、その関連とは思い付かなかった。

2016-09-16:
朝方、私の左足は呻き声とともに漸く貫通した 。直後、小便のときに視覚と同時に教会堂のステンドグラスみたいな印象が( 脳裏のイメージのようなはっきりしたものではなかった )一瞬あった。私も極楽花園がみえるような年だろうか。

2016-09-18: 秘密集会?
草むらのようなところに者たちがやってきた。( かれらは互いに無関係のようにみえたが )その先頭の10数人がその場に正円形の輪となった。私は( そこに予定的な意図があるとはしらなかったので )ぎょっとした。人数が増してそこらじゅうに人がいた。
私の左横に男がいて私に振り向いた。私は‘ あんた、彼らが輪になったところを見たか? ’と聞いた。彼は‘ ああ、あれは後で二重になったんだ ’ 〔 一見オーストラリア人のようだったが、私は日本語で話していた 〕。“ 秘密集会 ”だと? 
その視界に( 空中 )高速道のように高架線があった。そこからだれかが落っこちてきた。もうひとり。

街のあかり ( 空間化 )

2016-09-08:

両目周りの緊張を解放する。自然に呼吸する。‘ これは夢か? ’

2016-09-10: 顔面をゆるめて、手指等に意をしながら、本体背面にバランスする。
今一度私明晰夢見に戻るためには、すべてに退屈していなければいけない。どんな俗的なよろこび方自身であることもそれに替わるような観察者としての私を置くことはできない。

2016-09-11:
丘陵地に集合住宅のような白い建物等の密集が照明をフルに灯されているようだった。それらがゆっくりと視界に近づくようにみえたが、見た目にそれら自体の大きさは殆んど変わらなかった。

〔 私はもう外部に動揺させるようなものを持つのはやめた。前日私の記したように私はその他のものをあきらめた。だが、まだ完璧ではない。
私は以前‘ 彼女 ’について述べたがように、‘ 彼女 ’の色合いを身につけようとしていた。私の手首にあるのは青に少しだけ偏向のある刺繍糸で、必ずしも‘ 彼女 ’の色合いというわけではない。しかし私はその糸に本当の‘ 彼女 ’の色を視る。
このことと同じく私には“ 灯り一杯の新興住宅地 ”が私のアパートメントというわけではない。私はそこに私のなんだったかを見て、ひとつが空間化されたのを精妙と言う。これを外界のなにかに一致させるのは、もし私が‘ 彼女 ’をだれかに投影すればそれが間違いだったというのと同じで、実りが無い。 〕

黄色い玉

夜、ものは‘ 彼女 ’だった。私が右手でふれれば‘ 彼女 ’を愛撫するかのようだった。
(‘ 外界 ’への分裂の危機は、無論‘ 欲 ’のためだった。‘ 絡み ’に向かうようなものには毒がある )。
私は‘ 左腕の彼女 ’を強制的におかしたらどうなるのか、と。しかし、寝床で‘ 今夜はそれはしないで寝て ’と言った。
‘ 彼女 ’にすることは、私自身にその匂いを強化しこの体を占有するという行為だから、犠牲面がある。

夢:
私の足元路上になにか小さな丸い黄色い液体の塊みたいなものがあった。私が私の指を近づけようとするとそれが反応したかのように私の指先に向かってナメクジかなにかの軟体動物のように変形してはその度にくっつこうとしたようにみえる。それは私が私の口から痰のように吐き出した物の一部だった。私から出たそれは完全に丸い玉の形状であたかも水溜まりに浮いた液状物質のようでもあったが、私の視点とともにその路上を前方移動するに連れてその接近する犬などに一々それ自体が逆水滴型に変形してはその触手を伸ばして触れようとしたかにみえた。
私は‘ さてはアメーバ感染したのか ’とその動きに注意して視た。
( 私は先月ゴム製の半透明小カラーボール等のセットを持っていてその最初のメインが黄色2個だった。それらはじきに路上でトラック等に轢かれてしんだ。‘ 前方移動 ’自体に例えば歩行や自転車での路上行動という‘ うんどう ’の要素がある。私は以前から‘ ボール遊び ’には性的行動または通信的な行為の要素があると思っていた )。
今朝私がこのようなイメージを観察できたのは、私がなにも求めなかったからだ。
ほんの2年程前まで、私は夢見や私のファイルまとめのために2週間程もまったく外出無しでも平気だという時間があった。外出するのはアップロードの時だけだ。私は一度もこれを‘ ヒッキー ’などとは言わなかった。そのときの私なら‘ 彼女との交情 ’? きけんと言ったに違いない。

2016-08-04:
前日一旦帰着してから雲間の雷電を目撃しに歩いて出た( その直前に私が自転車で移動中に北の雲間に一度に雷電10本程も交差したように発したのがみえた )。矢田川の河川敷は昔のちょうど今頃の時期には花火大会があったのでその直前にはきれいに焼かれたか刈られていた。それがいつのまにか草ぼうぼうに茂って暗い中には殆ど通路も見えず、人がしゃがめば隠れてしまうくらいに放置されていたのには意外だった。私は左手に雷の光るのをみながら歩いてみた。‘ したいでもあったらいやだな、携帯ライトは必要だよな ’。途中一度だけ草むらの間に自転車のライトと対向した( 私は時刻を考えなかった。午後9時を過ぎていた )。
新しく作られている橋の堤防側が封鎖されていたので、その向こうにもう一方の橋の袂に近道してコンクリートを子ども時代の簡単なボルダリング感覚でよじのぼって手すりを乗り越えて歩道に出た。日常的に両足を動かそうとしたからか、歩いていると今にも歩道縁のガード用ポールの丸い上端にも跳び上がれそうな気がした。

朝方5時前いつものルートをやめて反対にナゴヤドーム付近の通りから千種区方向。不慣れな通り道。( また最近マレーナやロリータのエンニオ・モリコーネによるテーマ曲などに哀愁が8年ぶりによみがえってきたのだが、これも私には本ものとは言えなかった。
‘ 想念の影響 ’という見方では前回37番記録中でその()中見出しで少し述べた,下段 )。地図が頭に無いとポイントができない。

{‘ 彼女 ’が私の体自体に交替するとすぐに肉質が変わったように感じられた。ペニスが起こるのはそのときの記憶の反復があるからだろうか、左前腕に意識する度に‘ 彼女 ’はある }。

想念的の種

片足に力まずに歩いたりするには具体的にどうしたら良いか、というここの懸案( どの筋をどうゆるめるか,724日分より ‘ 彼女 ’の実在下段・下記リンク )。
おしりのホール付近( 私は“ ハウジング ”という概念にはしなかったけれども )の緊張をみる。それが大腿と関係あるかをみる。

2016-07-25:
カフェの中で交情の相手をみたような印象だった。彼女は裸でそこに立っていた。少し後で彼女が両手になにかを抱えて表れて不意の私にそれを渡した。その頭と頸とが非常に大きくその首の後ろ部分がだぶついたような形の( 豚のように大きな )子どもだった。‘ あなたの子です ’という女の声が聞こえた。私は一瞬‘ やったんだ ’と思ったが慌てた。私は‘ これは嘘だ! ’と言ってやめた。
私は寝床にいた。その直後には考えなかった。次の夜中に自転車の未調整部分に当たろうとしながら動かなくなり、前日からのこれをメモにしているうちに、‘ 私自身がそれと思わずに一々想念的になにか妊娠させていたのだとしたら ’と気付いた。

光 ( 前兆 )

2016-06-06:
光は内側からだ。私の視る夢には外的日光の場面は少なかった。以前一度だけ、まぶしい陽光を遮るようにしながら視る夢という夢の始まりでは‘ 夢だ ’という場はあった。しかし、そこでわかったのなら、その‘ 陽光 ’に対して私の意識があったに違いない。
‘ 発見 ’のきっかけは、そこにあたかもあった筈のもの( 私のライト光またはそのデヴァイス )が見当たらないという処にあった。私は以前‘ ラーメン一杯 ’が次の一瞬にその鉢の中に残り少ないのを視て‘ 夢だったのか ’といった。私は最初にそれについて書こう時にその理由付けが無かった。私は夢記録には‘ そこになにがあったか ’を書いたが、‘ そこになにが無かったか ’とは考えなかった。そこに有って当然のものが見当たらないというときに、手前に意識される。だが、それは? 

私が両眼を閉じて休んでいるあいだに連続5つ雷光みたいに私の頭左側に瞬きのようなものがあった。

昨夜私が自転車に取り付けた筈のスプリング1個、ひとつきり( 朝方の一瞬のイメージ・夢 )。
〔 そのスプリングの実物は私がその自転車前後のブレーキ部分等にLED等を(100円ショップの着火ライターに組み込まれていたそのパーツ毎と流用 )付けるために取り付けた。ブレーキレバーとバネの加減に拠りそのLED・電池等が通電する 〕。
残念ながら私がその部品のイメージ自体に対して夢だと判断するのが遅かった。

私は私自身一致したときにだけ‘’の状態をみることができる。

2016-06-08:
おはなしに対することは一致を不可能にする。詰まりこれらはすべて‘夢見の実践’のためでなければ無意味・無価値だ。

身体の夢 ( 象徴夢 )

自転車に点る筈の灯りが点かない、‘ これは夢 ’と瞬間的に気付くが早いかといったような絵が2つあった。その瞬間には自転車に乗って視ているという身体そのものとおもわれるような擬似感覚があった。(12時前後 )。

50円玉に似た金属硬貨のようなもの( その周縁に整然と穴5つ程 )。その直後、“ キルフィー! ”と名前呼んだような女声。イメージは伴わなかったが、地下鉄駅構内かその一部のような短い階段付きの一本通路。

小さな田畑ひとつ。それが次第に部分的に丸石等の石垣または地面破壊されたような痕と代わることを示したかのような段階的イメージ。(12時過ぎ~14時頃 )。

夢へのトレーニング法( 私の試験 )・変な点探し,間違い探し。


通常の夢記録
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? 夢見の実践とは
プロファイル

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明晰の夢記録 ( 私-覚について )
イメージ記録

Kohshiroh Okeda 2016-2020